タイの次期国王はかなりやばい

10月13日タイのプミポン国王が亡くなりました。享年88歳。在位期間は70年にも及びます。
タイ料理店に行くと必ずプミポン国王の写真が飾られていることからも分かるように、現国王への崇敬の念は絶大です。タイ国内では一日2回国家が流れ、国民は現国王を讃え、直立不動の姿勢をとります。
ただ、こういった状況を作ったのは軍です。当時30代のプミポン国王を国父として、国王への崇拝を利用して国王からの信任を得ている形にして自分たちの権力を正当化したのです。このあたりは明治維新の薩摩長州の考え方に似てますね。当初軍政は開発独裁を推し進め、国も豊かになり、軍も国民から信任を得ていましたが、次第に軍の内部の権力闘争やら何やらで国民の信頼を失っていき、相対的に地方行幸を重ねる等して国民の信頼を築いてきたプミポン国王の権威が高まります。
92年に軍が民主化運動グループの抗議運動を武力で鎮圧し、流血事件を起こしました。プミポン国王が両勢力の代表を正座させ、叱りつけ、騒乱は一夜にして収まり、首相は1ヶ月後に辞任し、さらに国民の信頼は高まりました。

このように国王の権威が高まったのは現国王になってのことであり、国王に対する崇拝もプミポン国王のカリスマ性があってのことです。ワチラロンコン皇太子(64歳)が服喪後、次期国王として即位する予定ですが、これが大変なバカ息子で、国民から崇敬を受けられるかというと、甚だ疑問です。
2016年7月、彼はドイツにある自分の別荘に三番目の妻シーラット(既に離婚)、愛犬と一緒に訪れたのですが、これがその時の写真です。
http://www.andrew-drummond.com/2016/07/crown-prince-sensation-who-has-got-dog.html
背中と腕に入れ墨をし、胸だけ隠す女性用タンクトップに、ジーンズ、サンダルというとんでもない格好が写されています。この入れ墨は若気の至りでも何でもありません。前年度の写真(サイクリング車を漕いでいる写真)を見ると、こうした入れ墨はなく、62か63歳のときに入れ墨をしたことになります。この年で入れ墨を入れるということ自体、人間性が疑われます。タイには不敬罪があるため、この写真はタイでは出回っていません(彼の名前をタイ語で打ってGOOGLEで検索してもこの写真は出てきません。)。
もっと衝撃的なのはこのビデオです。
https://vimeo.com/101336844
妻シーラットをティーバックを穿いただけの半裸で横に座らせ、その写真をお付きの者か何かに撮らせています。

プミポン国王は、軍に祭り上げられはしましたが、権威を増してからは軍の増長をたしなめることもし、軍寄りではありながらかろうじて中立的な立場をとってきました。しかしワチラロンコンは、タクシンが政権をとる前は軍部とずぶずぶの仲でしたが、タクシンが政権をとると一転タクシンとの関係を深め、タクシンから得た資金でギャンブルに興じたりしていました。そもそもシーラット自体、タクシン派重鎮のポンパット・チャイヤパン警察中将の親戚筋です。しかしクーデターでタクシンが失脚すると、今度はシーラットと離婚し、軍に近づきました。その後、ポンパットやその家族は次々に逮捕されています。

現在の政権の正当性は国王からの信任に基礎を置いていましたが、このバカ皇太子のお墨付きでは権威が正当化されるどころか、失墜しかねません。今まではタクシン派も、国王の権威に正面向かって楯つけば、国民の信任を失うため、やりたくてもできなかったのですが、現皇太子相手であればこういった歯止めはなくなります。

タイは今後大きな混乱期を迎えるのではないでしょうか。
ネパールでは、国民から崇拝を集めていたディペンドラ国王暗殺後、王位に即いたギャネンドラが、全国王が進めていた民主化を放擲し、独裁を勧めるなど滅茶苦茶をやったため、王位を追われ、12代続いたネパール王制は廃されました。タイ王政が9代目のワチラロンコンで終わることも十分考えられるでしょう。