「銀行や工場を国有化する必要はない。」「いいか、大事なことは、人間をしっかり規律の中に組み込んで、そこから出られないようにすることだ・・・つまり人間を国有化するのだ。」

 これは、正月に読んだ「ヒトラーとは何か」に出てくる、ヒトラーが側近に語ったセリフです。

 この本は、1907年生れのドイツ人ジャーナリストが30年前に書き、当時の西ドイツでベストセラーになった本です。彼は1938年に英国に亡命していますが、ヒトラーが政権を掌握した当時を知る人間のため、当時の生の雰囲気が伝わる良著です。著者は、ヒトラーは左翼であるとし、彼の主張の一つが「人間の国有化」であったと言います。そして、ナチス社会主義的側面を表すものとして、前記のセリフを紹介しているのです。

 この言葉を現在も実践している国がありますよね。そう、中国です。中国では、基幹産業は国有企業ばかりですが、私有企業も多数存在します。この点だけから言えば、フランスも余り変わり有りません。では、どこが違うのか。フランスでは個人の自由が尊重されていますが、中国では、国民は共産党の監視下に置かれ、共産党の示す価値観に従うことが強制されています。米国も、かつては中国の100年マラソンに気づかず、中国で進む市場の自由化を歓迎し、将来的には中国の民主化が進むとの脳天気な夢を見ていたのですが、それが人間の国有化を基礎にした資本の自由化だということに気が付かなったという訳です。

 ヒトラーの時代のドイツと、現代の中国は、多くの類似点があります。ヒトラーが政権を掌握した30年1月には国内に600万円の失業者がいましたが、わずか3年で完全雇用を実現しています(まぁ80万人を国防軍に入隊させたり、軍需産業による労働吸収等の手も使ってのことですが)。これは、ヒトラー統制経済を行い、産業界、小売業界を強圧下に置き、加えて、不動産を担保とする新貨幣レンテンマルクを考えだした「財政の魔術師」ヒャルマル・シャハトに経済政策を任せたことが大きいと言われて ます。ドイツ国民はヒトラーの経済手腕を讃え、ヒトラーが政敵の粛清やら、かなり強圧的なことをやっても、景気回復という現実を前にヒトラーのやることを全肯定してしまったのです。これは、中国が、共産党の指導下、世界第2の経済大国になったことと、これを理由に国民が共産党を指示していることとが、重なって見えます。

 また、ヒトラーは、世界征服という野心をお首にも出さず、オーストリア併合、ズテーテン地方併合、ボヘミア等の保護領化を進めながら、英仏とは融和的な関係を維持しています。英仏としてはソ連という敵を封じ込めるには、ドイツに東欧の支配を任せておけばいいだろうという考えがありました。これも、鄧小平が、ソ連を仮想的とする米国につけ込んだ「韜光養晦」策にも重なりますし、習近平オバマに言った「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」というセリフを想起させます。

 そうして、ドイツが開戦準備を整えるや否や、フランスに進行したあたりも、中国の南シナ海制圧と重なります。