ひき逃げは逃げ得か 逃げ損か

二つのひき逃げ事件

08年10月21日大阪市北区で、飲酒し、しかも無免許運転の男が会社員をはね、約3キロ引きずって走行し、被害者は死亡した。犯人は殺人容疑が送検された。
08年11月16日、大阪府富田林市で、飲酒した男が新聞配達中の少年をはね、約7キロ引きずり少年は死亡した。

犯人は何罪にあたるか

まず、体内アルコールが一定基準値以上の場合道交法117条の2の2の酒気帯び運転として3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。さらにアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で運転した場合は、117条の2の酒酔い運転として5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
また、道交法72条の、救護義務違反、警察への報告義務違反がある。救護義務違反者は同法117条1項で、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられるし、同条2項で、違反者の運転で人が死傷したときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられることになっている。
さらに、刑法211条2項の自動車運転過失致死罪も同時に成立する。法定刑は7年以下の懲役、禁錮、または100万円以下の罰金となっている。かつ、上記の両犯人は飲酒中事故を起こしており、その飲酒の度合いによっては刑法208条の2の危険運転致死罪も成立することもありうる。同罪の法定刑は重く1年以上20年以下の懲役となっている。

殺人罪の成立の可能性も

また、このように長距離引きずって殺した場合、殺人罪も成立しうる。殺人罪は死刑、無期もしくは5年以上20年以下の懲役となる。
この場合、犯人は「被害者を殺そう」という積極的殺意は持っていなかっただろう。しかし「被害者は今は生きているかも知れないが、このまま被害者を引きずったら、死んでしまうかもしれないが、それでも構わない」という消極的殺意でも殺人罪は成立する。こういった消極的殺意を法律的には「未必の故意」という。
こうしたひき逃げ事件で、犯人が殺人罪に問われた例はこれまでにも存在する。01年5月、東京都内で発生した事件では、車体底部に被害者を巻き込んだまま約20メートル走行した無職男を、警視庁が業務上過失致死容疑などで逮捕した。しかし、振り落とそうと前進、後退を繰り返したことから、東京地検は「殺意があった」と判断し殺人罪などで男を起訴。東京地裁は02年2月、「死ぬかもしれないという未必的な殺意があった」と認定した。
03年に都内で発生した事件でも、被害者を巻き込んでいることを知りながら車を再発進させ、約27メートル引きずっていたとして飲食業の男を殺人罪などで起訴。東京地裁は04年10月、実刑判決を言い渡した。
(msn産経ニュース08/11/16 19:21)

飲酒運転の厳罰化とひき逃げ

07年9月から実施された改正道交法では、酒酔い運転の法定刑が「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」から「5年以下の懲役または100万円以下の罰金」にと厳罰化された。酒気帯び運転も重罰化された。この結果、実施後1年間の摘発件数は前年比で酒酔い運転が23%、酒気帯び運転が39%減少し、飲酒運転による交通事故も2割以上減っている。
これに対し、酒気帯び、酒酔い運転への規制強化したことで、ひき逃げ事件が増加したという観方も最近広がっている。
しかし、ひき逃げ事件は救助義務違反として5年以下の懲役となり、酒酔い運転と同じ重さである。ひき逃げの結果人が死傷したときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金となるから、飲酒運転で発覚したら刑が重いから逃げたほうが得ということはない。
さらに、ひき逃げの域を超えて、本件のように引きずりということになると、殺人罪さえ成立しかねない。

大阪がワースト

ひき逃げは大阪が全国ワーストで、全国5100件のうちその16.3%相当の830件が大阪府で起こっている(大阪府の人口は全国の6.8%)。ちなみに2位は埼玉県の463件である(埼玉県の人口は全国の5.6%)。残念ながら大阪がダントツに多い。全国的に啓もう活動が必要だが、特に大阪府警には頑張ってほしい。

ひき逃げ犯の検挙率

死亡事件のひき逃げ犯の検挙率は97.6%と、ほぼ100%近い。最近は防犯カメラが街の各所にあるため、事故現場がそうしたカメラにより撮影されることが多くなっている。さらにはNシステムがある。Nシステムとは自動車ナンバー自動読取装置のことをいい、全国各地1000箇所近くにおかれ、全自動車の登録番号(以下ナンバーという)を撮影、記録している。Nシステムはナンバーの読み取りだけでなく、運転者や同乗者の容貌も撮影可能である可能性がある(可能性があるというのは警察がNシステムについて詳細を明らかにしていないからだ)。
また衝突した場合、車の塗膜片が被害者の着衣に必ず付着するし、ヘッドライトのガラス片が現場に落ちているので、そこから車種が特定される。
それ以外にも、自動車修理工場への聞き込み等、地道な捜査の積み重ねでこの100%近い数字が実現されている。
もっとも検挙率が100%近いのは死亡事故の場合に限られ、軽症の場合は3割代に落ちているらしい。

被害者の救済

ひき逃げなどの被害に遭い、犯人が見つからなかったら、損害賠償もできないことになる。しかし、政府では、ひき逃げした無保険車による被害者のための保障事業を行なっているので、その利用が可能だ。支払限度額も自賠責の限度額と同程度。もし被害時自分も車に乗っていたら、自身の自動車保険の利用も可能だ。