和解、調停、調停に代わる決定と錯誤無効

裁判上の和解と錯誤

 裁判上の和解について,昭和33年6月14日付最高裁判所判決は,裁判上の和解であっても,錯誤があれば無効となり,既判力を有しない旨判示している。なお,上記判決の一部を以下抜粋する。
「本件和解は,本件請求金額六二万九七七七円五〇銭の支払義務あるか否かが争の目的であつて,当事者である原告(被控訴人,被上告人),被告(控訴人,上告人)が原判示のごとく互に譲歩をして右争を止めるため仮差押にかかる本件ジャムを市場で一般に通用している特選金菊印苺ジャムであることを前提とし,これを一箱当り三千円(一罐平均六二円五〇銭相当)と見込んで控訴人から被控訴人に代物弁済として引渡すことを約したものであるところ,本件ジャムは,原判示のごとき粗悪品であつたから,本件和解に関与した被控訴会社の訴訟代理人の意思表示にはその重要な部分に錯誤があつたというのであるから,原判決には所論のごとき法令の解釈に誤りがあるとは認められない。」「原判決は,本件和解は要素の錯誤により無効である旨判示しているから,所論のごとき実質的確定力を有しないこと論をまたない。それ故,所論は,その前提において採るを得ない。」

民事調停と錯誤

 調停成立過程で錯誤が存在する場合、調停は無効になるのだろうか。東京地裁平成16年11月26日判決は、無効になることを認めている。
 これは、次のような事案である。工務店が注文主に、工事代と設計料の支払を求め、訴訟を提起したところ、途中で調停に付され、工務店が注文主に建物の検査済証を引き渡せば、注文主は工務店に代金8000万円を支払うことで調停が成立した。ところが、工務店は、本件建築工事は「用途変更」工事だったため、建築確認申請の必要がなく、当然検査済証が発行されること自体あり得ないことに気が付いた(工務店ではなく代理人弁護士が見落としていたのかも)。注文主から検査済証を渡されない限り、代金は支払わないと言われてしまった。工務店は「自分も注文主も、検査済証が存在するものと錯誤した結果、上記のような調停をしたのであるから、錯誤によりこの調停は無効だ。」と主張した。東京地裁は、工務店の主張を認め、同調停は錯誤により無効であり、注文主は8000万円を支払うよう判決で命じた。
 調停も和解も相互が譲歩することで、双方合意の上で解決を図るものである。だから和解も錯誤で無効になることを認めた最高裁判決がある以上、上記の判決が出るのは当然だろう。

調停に代わる決定

 特定調停では、通常調停に代わる決定といって、裁判所が、利限引直残額について具体的な分割弁済方法を定め、借主にこれを支払うよう命ずる決定を出し、当事者双方が異議を申し出なければ同決定が確定するといった手順で事件が終了することが多い。
 この調停に代わる決定も、錯誤があれば無効となる。和歌山地方裁判所新宮支部平成17年(ワ)第34号事件は次のように判示している。
「民事調停法第17条所定の調停に代わる決定は、当事者または利害関係人が同法18条1項の期間内に異議の申立をしたときは失効するとされ、かかる異議申立がない時は、その決定は裁判上和解と同一の効力を有するとされており、その形式上は決定(裁判)であるが、その実質は受調停裁判所による調停解決案の提示であって、当事者らが異議の申立をしなかったときはそこに合意の存在が擬制され、調停に準じる性質を有するものと解される。したがって、同決定が確定したときは裁判上の和解と同一の効力として調停と同様に原則として既判力を有するが、異議の申し立てをしなかったことにつき、要素の錯誤などの実体法上の瑕疵が認められる場合には、当事者は再審によらずに当該決定の無効を主張することが出来ると解するのが相当である」
 調停に代わる決定は,裁判所が「当事者双方のために衝平に考慮し」て行うものであり,かつ,異議を述べることにより,その効力を失うのであるから(民事調停法18条2項),和解に近いものである。とすれば,前記最高裁判所判決の趣旨からして,錯誤無効の場合は和解に代わる決定は効力を失うというべきである。

特定調停の場合

 特定調停は多重債務者の経済的更生を図るための制度である。したがって、計算の結果過払になっている場合は、貸金債務の不存在だけを調停条項に定めればいい。ところが、制度開始当初、調停委員の理解が不十分で「申立人、相手方との間には何らの債権債務のないことを確認する」などと調停条項で決めてしまっている場合が多い。
 こういったことは裁判所のミスと言って良い。最近の特定調停ではちゃんと「申立人は相手方に対して貸金債務のないことを確認する」と定めるようになっている。
 こうした場合に「錯誤」を主張するのも一つだが、錯誤は後述のように動機の錯誤の問題があるので、特定調停制度の趣旨からして、ここにいう「債務」とは「特定債務」すなわち貸金債務のことに限られると、文言を解釈すべきである、との主張を行う方がいいだろう。

錯誤の要件に注意

 錯誤無効を主張しても、「動機が表示されていない」ことを理由に錯誤無効を否定されることがある。例えば、ある人間がある歌手の限定販売と誤解して、あるCDを買ったが、実は限定販売でも何でもなかったとする。その人にとっては重要なことかもしれないが、そのような動機で買っているとは、CD屋さんも分からないだろう。だから動機は外部に表示されない限り、錯誤無効を主張できないというのが判例である。
 では、過払金がありながら、それを放棄する内容の和解をしてしまった場合、「それは動機の錯誤であり、動機が外部に表示されていないから、錯誤無効となり得ない。」という判断を裁判所がされる場合が多い。
 ただ、過払金があると知っていたのであれば、当然そのような和解をしないであろうことは、自明のことであり、動機が表示されていると言っていいのではないか。