ペドラブランカ島ICJ判決は、韓国の領有権の根拠とならず

 韓国が拒否しているため、実現はしないであろうが、もしICJで竹島の帰属が日韓で争われた場合、どちらが勝訴するのであろうか。
 この点について、8月25日付朝鮮日報は2008年5月23日のICJの判決を引用し、ICJは、実効支配を安定的に維持した国家に有利な判決を下している、として韓国有利と断じている。この判決は、シンガポールとマレーシアが、ペドラブランカ島の帰属を争った事例についてのものであるが、同島が元々はマレーシアの領土だったことを認めながら、シンガポールが1963年以降、島に灯台を設置する等物理的に占有してきた事実を認め、シンガポール勝訴の判決を下した」というものである。
同紙は、ここから単純に「同判決からすれば、防波堤や海洋基地などの構造物を段階的に設置することが実効支配を強めてきた韓国に有利」と主張するが、ご都合主義的な解釈に過ぎない。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/25/2012082500487_2.html

ICJ判決の事実認定は、以下のとおりである。

  1. 英国が1844年に灯台建設準備を開始した時点においてこの島がJohorスルタン国(現マレーシア)の主権下にあった。
  2. しかし、主権を有する国家が他国による主権者として振舞う行為に反応しなかったような場合には黙認したとして領土主権が移転することがある
  3. Johorの国務長官代理が1953年の書簡でシンガポール植民地長官の照会に「Johor政府はペドラ・ブランカの所有権を主張しない」と回答した
  4. シンガポールが難破船の捜査を行ってきたことについてマレーシアは紛争発生後の2003年まで抗議したことがなかった
  5. マレーシアの官吏による島の周辺海域の調査をシンガポールが許可した
  6. シンガポール港湾当局の島周囲の埋め立て計画にマレーシアは抗議しなかった
  7. 紛争が具体化した(crystallize)1980年2月14日以前に島の主権がシンガポールに移っていた。

http://simane.wiki.fc2.com/wiki/%E3%83%9A%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB%E5%B3%B6%E3%81%AE%E9%A0%98%E6%9C%89%E6%A8%A9%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E7%B5%90%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

 この事案をみると、竹島にこの判決は当てはまらないことは明らかだ。
 まずシンガポールは、Johor国務長官代理に確認し、主権を主張しないとの言質をとり、そうした上で実効支配を行っている。
 対して、韓国はどうか。1952年1月18日李承晩が竹島を自国領であると一方的に宣言し、近海を含む李承晩ラインを一方的に設定。53年1月以降李承晩ライン内に出漁した日本漁船の徹底拿捕を指示し、2月には第一大邦丸の船長を韓国軍が射殺した。4月には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯し、以降占拠を続けている。このように、平和裡に占拠したのではなく、軍事力を行使して一方的に占拠したのである。
 しかも、李承晩ラインの設定は、ラスク書簡により「竹島は日本の領土」という米国政府の意向が韓国政府に示されたその半年後に行われており、ICJ判決のいう「紛争が具体化(crystallize)」した後に、韓国の実効支配が行われているのである。
 韓国の主張は、いわば銃をもって他人の家に入り込み、家人が戻ってくるや銃で撃ち殺し、もう半世紀以上経ったから俺のものだというに等しい。