オバマの施政方針演説にみる ビッグ3救済問題 

オバマはビッグ3をスクラップ・アンド・ビルドする

 オバマは米時間24日夜、上下両院施政方針演説会で、ビッグ3(最近はデトロイト3だとも揶揄されているが)問題について次のように語っている。
 自動車産業に関しては、何年にもわたる経営判断の誤りと世界不況によって、我々の自動車メーカーが破綻(はたん)の瀬戸際に追いやられたことは誰しもが認めるところだ。
 我々は、彼ら自身の間違った行いから彼らを保護するべきではないし、そうしない。しかし我々は、設備を一新し、想像力を変革することで、競争して勝つことができる自動車産業をつくるという目標を約束した。数百万の雇用、数十もの地域社会が自動車産業に依存している。私は、自動車を発明した我々の国が自動車を捨て去ることはできないと信じる。
 これらのいずれもコストなしで実現できないし、容易でもない。しかし、ここは米国だ。我々は安易な道をとらない。この国を前に進めるために必要なことをするのだ。

 米産業にとって幸運なのは、ビッグ3が電気自動車登場時代に破綻してくれたことだ。ビッグ3のどの社にも、革新的な発想により新しい車を作ろうとするだけの意欲も知力もかけている。化石燃料の大量消費が永遠に続くと信じ、高い利益率のフルサイズSUVピックアップトラックを作ってきた。彼らに新しい発想がないことは、絶望的なくらいに明らかだ。結局過去の成功体験から逃れることができなかった。
 しかし米国には、創造性あふれる頭脳があり、失敗を恐れない精神があり、これらを育てる企業がある。これが米国の最大の武器だ。90年代は、世界中から数学の専門家が集まり金融工学の発展がもたらされた。米国が、これから電気自動車を作るぞ、と世界に呼びかければ、世界中から天才が集まってくる。そうしてこうした天才の頭脳を最大限発揮させる研究環境を作り上げる力もアメリカが一番だ。自動車産業が、世界の頭脳、米国の創造的経営者、意欲あるスポンサー、そして政府のカネによって、一大ハイテク産業に切り替わる可能性がある。そこでは大胆に「創造と破壊」が行われるだろう。
 日本の弱点は何か。それぞれの自動車メーカーのすそ野に広がる部品メーカーである。こうした部品メーカーは内燃機関を基礎とした自動車の構造に沿って作られている。基礎技術が180度変わることで、必要となる製造技術が180度変わることがあるのだ。そうすると、これまでの系列の部品メーカーの存在がトヨタのレガシーコストに転ずる可能性もあるのだ。

オバマは電池に米国史上最大の資金を注ぎ込む

 そしてオバマは、同じ演説でこうも言っているのだ。 
 我々は、クリーンで再生可能なエネルギーを利用する国が21世紀をリードすることを知っている。だが、経済のエネルギー効率を高めるために史上最大の努力を始めたのは中国だ。我々は太陽発電技術を発明したが、生産ではドイツや日本に遅れている。米国の組み立てラインでは、新型ハイブリッドカーが生産されているが、韓国製の電池で走ることになる。
 私は明日の雇用と産業が国外に根ざすような未来は受け入れることができない。あなた方も同じだろう。米国が再びリードする時が来たのだ。
 我々の再生計画によって、向こう3年間の再生可能エネルギー供給を倍増させる。また、基礎研究の資金に国史上最大の投資を行う。エネルギー分野での新発見だけでなく、薬品、科学、技術分野での飛躍的な進歩を促す。(略)
 これらの変革を支持するため、風力や太陽発電、先進バイオ燃料、クリーンコール、米国製のより燃料効率の高い車といった技術の開発に対して年間150億ドルを投資する。

ビッグ3のレガシーコストはどうなるのか

 オバマ自動車産業再生可能エネルギー開発の後に、「我々は同じ理由で、我々は医療制度における高負担に対処しなければならない。 」として医療改革について述べている。自動車産業救済のあとにこの医療改革が述べられてことには大きな意義がある。
 ビッグ3と日本メーカーとの間に、給料面ではそれほどの差はない。最大の差は年金、健康保険制度である。米国には国民皆保険制度はない。公的医療は、貧困層に対するメディエイド、高齢者に対するメディケア、子どもに対する医療給付に限られている。他の人たちはどうするかと言うと、民間保険会社の健康保険に加入するのである。医学の進歩、高齢化により、医療費は急増し、保険料も高騰している。高い保険料が払えず、保険を解約する人もいる。低料金の健康保険の場合、低品質の医療しか受けられない。また、肥満の人は高い保険料を払わないと保険に入れない。真に医療が必要な人が保険に入れないのである。医師は、患者の要求と、保険会社の圧力とのはざまに置かれる。もし高額な治療を施せば、保険会社から過剰治療等の理由で保険料を払ってもらえないかも知れない。では、国民皆保険を実現すれば、民間保険会社が倒産する。またこれまでせっかく高い保険料を払ってきた人間が、低所得者と同一レベルの医療保険には入りたがらない。公的保険を導入すれば、高度な医療を受けられないと危惧する多くの金持ちが反対する。上下両院ともこうした金持ちで溢れている訳で、公的医療を実現しようとすれば四面楚歌になりかねない。公的医療医療保険は米国の最大の病巣の一つなのである。
 ビッグ3の従業員は、退職者も含めて、これまで会社が払ってくれる保険料で手厚い医療が受けられていた。医学の進歩、高齢化により、医療費は急増している。そしてこの負担増がレガシーコストとしてビッグ3の経営に対する重しとなり続けてきたのである。
 しかし07年10月、GMとUAW(全米自動車労組)と協議し、歩み寄りがなされた。UAWはVEBAという名称の退職者医療基金を創設。GMはこの基金に350億ドルを払い込むこととされた。一括払いではない。分割払いでだ。GMとしては、金だけ渡すからあとはUAWでやってくれということだ。これにより今後の医療費削減の努力はUAWが行うことになり、GMは、年々増加する医療費負担に悩まされることはなくなった。これによりGMは09年までに合計約40億ドルのキャッシュフローの赤字が発生するが、10年以降はコスト削減効果が出てくるとみられていた。しかし、その翌年に金融危機が襲ってきた。
 米政府は08年12月のGM、クライスラーに資金支援した際、会社の医療基金への運転資金の拠出を半分にするように求めた(朝日新聞09.02.24夕刊)。UAWとしては、大譲歩してから1年少しで、さらなる譲歩を求められたのだから、なかなか納得できる話ではなかった。それにGMの従業員としてみれば、十分な医療が受けられなくなる(マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」に描かれる世界の住人になることを意味する)。
 しかし、オバマはビッグ3、少なくともGM、クライスラーを残す気はない。労働者を納得させるとしたら公的医療制度の確立しかない。
 また医療保険を国が負担し、企業から医療保険の重荷を下ろさせることができれば、企業も海外に生産拠点を移すことも少なくなる。また、企業別医療保険の受け皿がなければ、企業の大胆なスクラップ・アンド・ビルドは実現できない。
http://d.hatena.ne.jp/yamada-home/20081108/1226151205