薬剤名を間違え 筋弛緩剤投与

新聞記事から

徳島県鳴門市の健康保険鳴門病院は08年11月19日、当直医が解熱効果のある薬剤「サクシゾン」と間違えて、筋弛緩剤「サクシン」を処方してしまい、近く退院するはずの患者がその投与後3時間弱で呼吸停止。その後死亡が確認されたという。
東京新聞08年11月20日)

筋弛緩剤とは

筋弛緩剤にもいろいろ種類があるようだが、このサクシンという筋弛緩剤は、患者の気管に酸素を送り込むチューブを差し込むときなどに使われる薬剤とのことだ。呼吸を司る筋肉が自発呼吸をやめ、気管が広がれば、挿入時の患者の苦痛も和らぐし、呼吸を人工的に管理しやすくなる。
要するに、この薬剤を処方されると自発呼吸できなくなってしまうのである。

実は、多発している薬剤の取り違え

04年3月総務省が行った「医療事故に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」というものがある。
そこに薬剤の取り違えがどれだけ存在するかについての記述があるので引用したい。
厚生労働省が新聞報道等を端緒に把握した平成11年1月から15年10月までの間の医療事故事例428件をみると、このうち医薬品に関連した事故は81件(18.9パーセント)、医療用具に関連した事故は44件(10.3パーセント)となっている。
また、ネットワーク事業(インターネットのこと)において平成13年10月から15年5月までの間に医薬品・医療用具等に関連するインシデント事例として収集された情報は1,392件であり、このうち医薬品に関連する情報は1,077件(77.4パーセント)、医療用具に関連する情報は255件(18.3パーセント)となっている。
この医薬品に関連する情報及び医療用具に関連する情報について当省が分析したところ、同一の医薬品・医療用具及び要因に係るインシデント事例が複数回報告されているものがみられ、医薬品の「名称類似」に係るものでは、(i)投与すべき量が異なるため、取り違えて投与すると死亡に至るおそれのあるタキソール(抗がん剤)とタキソテール(抗がん剤)とを取り違えて投与しそうになったものが第3回報告から第5回報告までに計4件、(ii)低血圧の患者に投与すると症状を悪化させるおそれのあるアテレック(血圧降下剤)をアレロック(抗アレルギー剤)と取り違えて投与しそうになったものが第2回報告から第5回報告まで及び第7回報告に計7件等が報告されている。
ちなみに、当省(総務省のことである)が調査した217医療機関のうち、医療事故事例及びインシデント事例を把握することができた152機関における、平成12年4月から14年7月までの間の医薬品に関連する医療事故事例及びインシデント事例についてみたところ、同一の医薬品及び要因に係る事例が複数の医療機関で発生している例があり、(i)即効型のインスリンを30パーセント含んだ血糖値降下剤であるペンフィル30Rと効果の発現時間が遅く持続時間が長い血糖値降下剤であるペンフィルNとの取り違えが35機関(23.0パーセント)、(ii)タキソールとタキソテールとの取り違えが12機関(7.9パーセント)、(iii)誤って使用すると死亡に至るおそれのある、アマリール(血糖降下剤)とアルマール(血圧降下剤)との取り違えが7機関(4.6パーセント)等で発生している。

要するに、似た名前の薬剤がいくつかあり、それについては何度も「取り違え」という同じ過ちが繰り返されているのである。これだか同じミスが繰り返されるというのは、厚労省が、こうした事故の再発に真剣に取り組んでいないのではないかと疑わせる。

フェイル・セイフ

フェイル・セイフという設計思想がある。例えば、石油ストーブが転倒すると自動的に消火するよう設計されているが、これがフェイル・セイフである。故障や操作ミス、設計上の不具合などの障害が発生することをあらかじめ想定し、起きた際の被害を最小限にとどめるような工夫をしておくという設計思想のことである。
ではこういった薬剤取り違えについてはいかなる対策が考えられるのか。
まず、紛らわしい薬剤の名称を変えることが一番手っとり早い。しかし、薬剤の世界には薬品名は変えられないという確固たる掟があるらしく、総務省の前記勧告もそれは無理ということで諦めている。
処方を誤ったこの医師は「サクシゾン」をPC上検索しようと思って、「サクシ」の3文字だけ入力したら「サクシン」という薬剤名だけ出てきたため、「あれ?サクシンって名前だったけ」と、そのままサクシンを処方してしまったというのである。病院によっては、サクシンのような毒薬指定を受けている薬剤については、この場合の医師がやったように検索するとサクシンのような危険な薬については、「サクシン(毒)筋弛緩剤」という表示が出てくるようになっている。このような工夫があればこの事故は防げたであろう。
この病院のPCは、処方を依頼するとき、処方薬と分量だけが記載された指示書がプリントアウトされるだけで、薬剤師もそれ以上判断しようがないという。本件の場合夜間で薬剤師がいなかったから、この点は今回の事故には関係がない。しかし、別の場面で同じ事故が起きるかもしれないのだから、改善すべき事柄ではあろう。
また薬剤師がこうした危険な薬剤の処方が出たら、処方を指示した医師に確認をするということもあるだろうが、前述のとおり、本件は夜間で薬剤師はいなかった。
しかしこうした毒薬指定のある薬については、特に施錠したロッカーに入れておくとか、安全のため厳重な管理が必要となる(盗難を防止するためにも必要)。そうしておけば、薬を取り出すとき、この医師も「あれ?」と思ったはずである。
この病院では、サクシンとサクシジンという薬剤が両方あると取り違えの事故が起きるかもしれないということで、サクシジンは備えていなかったのだという。しかし、そうした配慮はまったく役立っておらず、かえって逆に作用してしまった。
こういったことを考えると、本件はこの処方した医師のミスも確かにあるが、それ以上に病院全体の薬剤管理体制にミスがあるのではないか。
http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/20081120/1227183051

看護婦と医師との間の自由な意思疎通はあったのか

この件では、看護師はサクシンと聞いてびっくりして、本当にサクシンでいいのか医師に尋ねたそうだ。だとすると看護婦はどうしてもっと強く「サクシンは筋弛緩剤ですけれど」と言えなかったのであろうか。看護婦は、おかしいと感じながらどうしてサクシンを処方してしまったのか。
看護師が、この場で考えるべきは患者の命であろう。しかし看護師は患者の命より、その医師の面子をより重く考えてしまったのだろうか。
そもそも同病院では看護師が医師に対して強く言える雰囲気がなかったのか。それともその医師に人の意見を受け付けないオーラがあったのか。
それにしても、ありえない話である。
もし今回の事故の一因が医師と看護師とのコミュニケーション不足にあるとするならば、今回はその不足が薬剤の取り違えという形で起きたが、次回は別の形で医療ミスが起こらないとは限らない。
何よりも患者の生命を一番に考えれば、道はひらけるはずである。