円高は進むが、政府も日銀も無策

円高は一時15年ぶりの高値

7月11日東京市場終値56銭円高の1ドル85円9〜11銭で終えたが、12日のロンドン市場では一時期84.7円をつけ、15年ぶりの円高水準となった。その後86円台まで戻ったが、まだドル安、ユーロ安の地合いは今後も続くだろうから、円高トレンドは今後も継続しそうだ。
今回の円高は基本的には米経済の先行き不安が原因だが、FRBと日銀の緊張感の違いが円高を加速したと言っていいだろう。

FRBは役者が違う

FRBは8月11日のFOMCでFF金利(米政策金利)0─0.25%に据え置くとともに、超低水準の金利を長期間維持する意向を確認した。景気回復を支援するため、政府機関債とMBS=住宅担保証券の元本償還分を長期国債に再投資するとした。このため長期金利は下落、ドルは安値に向かう。オバマの輸出倍増計画は、実現するどころか、7月には輸出額が激減して、かえって赤信号が付いている。こうしたときに米ドル安となれば、追い風になろう。
FRBのバランスシートはリーマンショック以来、MBS等の買い入れで2倍ほどに膨れ上がっているが、今後MBS国債に置き換わるだけで、今後も市場にドルをばらまく量的緩和が継続されることになる。3月末でMBSの買い取りを終了し、出口戦略を探って板FRBだが、大きな方針転換を意味する。 こうなったのも、次のような現状分析に基づいている。
「6月の会合以降に入手した情報は、過去数カ月間に生産および雇用の回復ペースが減速したことを示している。家計支出は徐々に拡大しているが、高水準の失業や穏やかな所得の伸び、住宅資産の減少、信用のひっ迫によって依然抑制されている。企業の設備やソフトウェアに関する支出は増加しているが、非住宅用構造物への投資は引き続き弱く、雇用主は依然従業員数の拡大に消極的だ。住宅着工は依然として低い水準にある。銀行融資は縮小が続いた。しかしながら、物価が安定する状況の中で資源利用は一段と高い水準に向かって緩やかに回復するとFOMCは予想する。ただし、経済の回復ペースについては短期的に、これまでの予想よりも一段と緩やかとなる公算が大きい。」
 FRBはバランスシートの現状維持を決めただけで、今後量的緩和の拡大の余地をまだ残している。現在国債MBSとがそれぞれ1兆ドルほどあるFRBのバランスシートを、国債のほうに軸足を移すことで、景気の悪化に対する抵抗力は強まることになる。
バーナンキが上院議会証言で、「追加の緩和策としてどのような措置があるのか」との質問に対して、「モーゲージ債償還益の再投資、債券の追加買い入れ、過剰準備に付与する金利の引き下げ」などを選択肢として挙げており、市場としては国債買入れよりMBSの購入の再開等の発表があるのでは、と考えていた向きが多かったようだ。)

動かない日銀

 これに対して日銀のやっていることは、長期的どころか短期的に視野もなく、保身に汲々としたものだった。日銀は役人根性が染みついていて、責任回避のことしか考えていない。要は手持ちのカードを温存しておいて、「日銀は何をやっているんだ」と言われたら、そのときにカードを切れるようにしておこうというのだ。戦争中の日本陸軍が、虎の子の兵器を本土決戦用に内地に温存し、前線の将兵は三八式歩兵銃で戦わされ、大変な思いをさせられたが、日銀も同様に、カードを切らずに持っておこうという考えだ。
 そもそもFRBの前日に金融政策決定会合を終えるというタイミング自体がピンぼけに過ぎないか。屋根の修理を頼まれて現場に着いたものの、嵐が来る前日に来てしまったものだから、「まだ嵐が来ないから今日はこのまま帰りましょう」なんていって帰ってしまった間抜けな大工だ。だったら、嵐の程度が予想できない間抜けなら、嵐が来た後に再度訪れるようにすればいい。FOMCの会合後に臨時会合を開けば良かったのではないか。次の会合まで、あと二か月も何をやっているつもりなんだろう。白川総裁は10日に政策決定会合後の記者会見で「米国で追加金融緩和の観測があるが感想を。」と聞かれて「他国の金融政策について、感想述べるのはやや不謹慎かな。」と言うが、米国の金融緩和が為替に及ぼす影響の大なることを考えれば、そんな他人事でいられないだろう。
日銀は金融政策決定会合後の声明文で「円高」という文字さえ盛り込まず、何の対応策も打ち出さなかった。円高の進行は短期的に輸出や企業収益の下押し要因となり、企業マインドの下振れ要因となるとしながら、昨年12月の円高局面と比べると企業収益が改善しているなど違いが見られるとの認識を示した。記者会見でも、欧米の経済動向について聞かれた白川総裁は「米国経済は、第2四半期のGDPや雇用など回復テンポの減少を示す指標もいくつかあるが、全体を見れば緩やかに回復していると判断している」「欧州経済は春先以降、金融市場は不安定だったが、足下の経済指標は比較的強い。経済のときどきの上がり下がりあるが、欧州についても慎重に見ている」といたって能天気だ。バーナンキが7月21日、上院銀行委員会での議会証言で、「FRBは経済見通しが依然異例なほど不透明であることも認識している」と発言しているし、雇用と住宅についてネガティブな数字が出ているにもかかわらず、「素人は目先の数字におろおろするもんですが、私は長期的な視野に立っています」とでも言いたいかのような表現ではなかろうか。
12日になって、慌てて中曽宏日銀理事と財務省の玉木財務官が会談、同日午後の外国為替市場で、日銀は、取引を前提にドル/円のレート提示を求める「レートチェック」を実施した。夕方、白川日銀総裁円高懸念の談話を発表した。市場の失望感を伝えられての行動かとも思うが、こういうのを泥縄という。

菅さんは軽井沢で休暇中

政府も日銀に劣らず、無為無策だ。この非常時にも関わらず、菅首相は夏休みを取って、12日に軽井沢プリンスに出かけてしまったのである。そんなことやっている場合か。菅首相も12日、一時1ドル84円台を付けたことには慌てたようで、仙谷官房長官、野田財務相と緊急の電話協議を行った。報道によると、菅首相為替相場について「動きが激しい」と懸念を示し、市場動向を注視するよう指示したそうで、これを受けて記者会見した野田財務相は、「景気動向を注意深く見守りながら適切な対応をしていく」と述べたというのだが、軽井沢から東京まで新幹線で1時間。すぐに東京に帰るべきではないか。記者団からの取材に応じたのも5日間の休みのうち1回だけ。この円高は災害と同じ。災害時にゴルフをやっていたくびになった政治家はいくらでもいる。それを能天気にどの本を読んだなどとマスコミに発表している。もっと真面目にやれ、と言いたい。口先介入なら口先介入でいいから、電話一本で済ませないで、もっと本気でやってほしい。
野田さんも午後4時ころ財務省に到着し、1時間ほどで帰ってしまったという。大臣室で財務所幹部を呼んで、一緒にマンガを読んでいてもいいから、市場に為替介入を心配させる程度のことはしてほしい。

週明けにも菅・白川会談

週明けのいつになるかは分らないが、菅首相と白川総裁との会談があるという話だ。去年のドバイショックの時みたいな機敏な行動を期待したい。