サントリーとキリンの破談

報道記事から

 キリンホールディングスサントリーホールディングスは8日、経営統合交渉を打ち切ると発表した。キリンとサントリーの統合計画は昨年7月に表面化し、以来統合に向け交渉が続いていた。交渉では統合時期を11年4月とし社名に「キリン」「サントリー」を残す方向で協議が進んでおり、統合は順調かと思われていた。国内食品最大手のキリンと同2位のキリンという強者連合がもたらすインパクトは大きく、世界進出への第一歩かと、大きな話題になった。世論としてはがっかりといった様子だし、「だから日本企業は世界で勝てなのだ」といったため息も聞こえてきそうだ。私も後者の類いだ。
 キリンは加藤壹康社長が、サントリーは佐治信忠社長が、同日都内で記者会見を開いて、今回の交渉打ち切りを説明した。結局は統合比率が障害となったようだ。キリン対サントリーの統合比率については、キリンが2対1を、サントリーが1対1を希望、キリンも譲歩したが、サントリーが一歩も譲らなかったようだ。

予測されていた統合比率の課題

 統合比率が最大の問題になることは、初めから分かっていた。サントリーは同族で9割近い株を持っているので、サントリーが1対1で株を取得するとなると、キリンの経営権を専断することができるようになるからだ。そうなれば、キリンの現社長の加藤さんだって佐治さんの一言で首になる。キリンの現株主も、経営に対する影響力がほとんどゼロになりかねない。今回の破談もこれが原因になったようだ。09年7月9日の当ブログを引用する。
 サントリーは1対1の対等な立場での経営統合を望んでいるという。そうした場合問題となるのが、サントリーの株主構成だ。サントリー株の89.33%は創業者一族の資産管理会社寿不動産が保有している。寿不動産は56年9月の設立。寿不動産の株主は22人。筆頭株主の財団法人サントリー文化財団と鳥井春子氏が各9.21%、3位の佐治信忠氏、鳥井信吾氏、酒井朋久氏、佐治英子氏が各4.97%、さらに鳥井信宏氏が4.84%、この上位7名で43.14%を占める。創業者が最終的にイエスと言うかと危惧する向きが多いが、逆だろう。もし1対1の対等な立場での経営統合となった場合、寿不動産が44.67%の株を保有することになる。キリンの株主は一般投資家も多いから、寿不動産だけが半数近くの株を持てば、経営の実権を握ってしまうことになる。
 合併比率等は双方の企業の評価額いかんで決まる話なので、「対等で」と言ったからといって対等になるものでもないが、それでも寿不動産の単独での持分割合はかなりのものになるだろう

記者会見に見られる社風の違い

 キリンの社長の記者会見と、サントリーの社長の記者会見がまた対照的だった。キリンは加藤壹康社長が、サントリーは佐治信忠社長が、同日都内で記者会見を開いて、今回の破談の理由を説明した。結局は統合比率が障害となったのだが、会見の様子は全く違った。
 キリンの加藤社長は、記者団の前の演壇に腰かけ、神妙な面持ちで「新会社は、(株式を上場する)公開会社として経営していくことを前提に、経営の独立性・透明性が十分に担保されるべきだと考えていたが、この点でサントリーとの間で認識の相違があった」とコメント。他方、サントリーの佐治社長は端的に「統合比率の問題ですよ。オーナー企業とパブリック企業の違いですな。」と記者団を前に立ち姿でコメントをした。
 キリンの加藤社長は、記者団から「独立性・透明性」の内容を聞かれたが、具体的な内容を言わないため、記者会見が2時間半にも及んだという。なぜ、「1対1だったら、うちは佐治一族の所有するオーナー企業になるじゃないですか。それだけの資産をサントリーさんが持っていればいいですよ。単純に資産価値でいったら1対1ですよ。将来投資の意味も兼ねて上乗せしても、せいぜい間をとって、1対0.75でしょう。うちも株主さんに対し責任も持っている。上場企業として株主さんの意見も聞いて内部統制も行ってきた。今後はそんなことは不可能です。佐治さんが一言「役員は全員クビ」といえばそうなります。そうした経営が上場企業の在り方として、果たしていいのでしょうか。従来うちを応援してきてくれた株主さんを説得できるでしょうか。」とはっきり言わないのか。会見を見る限り、加藤社長のひ弱さが目立ったし、こんな会見しかできないのに、世界に打って出るだけのことができるのか。発信力だって、全くの不足だ。
 だから表面上は佐治社長の強気で堂々とした会見の方が、見ててさっぱりしている。しかし、今回の統合協議が破綻になったことは、双方にとってもマイナスだと思うが、傷が大きいのはサントリーではないか。企業の統合は、いわば結婚。実家の格を言って、結納金が安いだの、披露宴の招待客が新郎側の方が多いと文句を言う、名門のわがまま娘と言った感が強い。佐治社長の記者会見も「あんな細かいこと言う男は、よう好かん。分かれてせいせいしたわ。」と言った雰囲気。これでは嫁の引き取り手がない。

サントリーにとっての最大の不幸

 サントリーの創業者一族がどのような相続対策をしているか分からないが、今回の経営統合の方が、サントリーにとっては相続面からしてもプラスだったのではないか。これについても、09年7月9日の当ブログを引用する。
 今回の経営統合サントリーの同族株主にとっても、いい選択ではないかと思う。今後相続が発生する場合、相続税を払うためにはどうしても、株を処分しなければならない。これが税務署に物納されるとなったら大変だ。敵対的株主が現れないとも限らない。こんなとき、キリンと経営統合していれば、キリンが買い取ってくれる。相続が何代か続けば、創業者一家の株も減ってこようが、それはそれで良しとしようと言う考えも成り立つ。

追記

 サントリーの佐治社長、会見で「ファミリーカンパニーのよいところとパブリックカンパニーのよいところを取るつもりだったが、キリンは『今のパブリックカンパニーでいたい』ということだったのかもしれない」「オーナー会社の良さはパブリックカンパニーにはなかなか理解できない。サントリーの111年の歴史、創業家と会社のかかわりを見てくれれば、わかってもらえると思った」などと語ったという。10年前なら、このような感想もある意味「有り」なのかもしれないが、株主の発言権が強くなっている現在、ちょっと浮世離れした考えにしか思えない。
 J-CASTニュースによれが、サントリー首脳は交渉決裂前の2月初旬、統合交渉について「お互いにそれぞれ言いたいことを言っている。こちらは時間をかけてよいと思っているが、キリンはパブリックカンパニーなのでどうなるか」「今は丁々発止やっている。最後はキリンが譲歩するしかない。向こうが言い張ったら、しょうがない」などと、楽観的な見方を示していた。
 殿も殿だが、家来も家来だ。企業文化というより、企業観そのものが食い違っていたのだろう。キリンとサントリーの交渉も異星人との対話といった様子ではなかったか。(10.2.10)