途中開示の場合の冒頭ゼロ計算

冒頭ゼロ計算とは

 貸金業者が、取引履歴を求められて、一部しか開示しないことがある。例えばレイクは平成5年10月、アイフルは昭和63年4月以前は、破棄したとして開示してこない。しかし、例えば履歴の冒頭部分が「2万円借入で残高が40数万円」とかになっていれば、途中開示であることは明らかとなる。
 そのため、過払金を請求する側としては、冒頭貸付残高をゼロ円として引き直し計算して、得られた過払金額で請求することになる。しかし、そうした主張が認められるかというと、認める裁判官もいれば、認めない裁判官もいる。

判例状況

 下級審判決でも「被告は,…利息制限法違反の無効な制限超過利息を受領しており,被告がこれを有効な利息の弁済として受領できる唯一の方法は,自らみなし弁済の主張立証に成功した場合のみである。みなし弁済の主張は,過払金請求訴訟において抗弁に該当することは争いない。そこでみなし弁済の主張と結果的に同じ法的効果をもたらす冒頭残高の主張についても,これを抗弁と位置付けなければ不合理である。」として冒頭ゼロ円計算を認めた、東京地裁八王子支部平成16年3月10日があるが、反対判決も多い。
 ちなみに冒頭ゼロ計算を認めた下級審判決として以下のものがある。

 最近、冒頭ゼロ計算を認める下級審判決が出た。名古屋高裁金沢支部平成21年6月15日判決(判例タイムズNo1310号・1月15日号)が、それだ。

実質論

 以下のような実質論も、冒頭ゼロ計算を裏付けている。
 仮に冒頭残高の不存在が過払金請求権の成立要件であると解するときは,必然的に,極めて不合理で,法の正義や当事者間の公平に著しく反する結果を招来することとなる。すなわち,貸金業者が開示する冒頭残高は,強行法である利息制限法に反する違法・無効な制限超過利息を含んだ残高であるところ,そのような冒頭残高が不存在であることの主張立証責任を請求権者に課すということは,結局,違法・無効な制限超過利率を含む貸付残高について,請求権者に不存在の主張立証責任を課すこととなるのである。
他方,貸金業者は,請求権者において上記冒頭残高の不存在の主張立証に失敗すれば,本来違法・無効なはずの制限超過利息を含む貸付残高の全額につき,事実上これを有効に保持することを認められてしまうのである。
しかし,過払金の請求権者は通常,多重債務に陥った債務者(貸金業者の顧客)であるところ,貸金業者と顧客(請求権者)との間の消費者金融取引においては,顧客(請求権者)は,利息制限法や貸金業法などの法的知識に乏しく,長期間にわたって貸付と弁済が繰り返される中で,取引の明細書を補完する必要性を意識したり,現実にこれをすべて保管する場合はほとんどないため,「消費者金融業者から金員を借り受けた者が多重債務に陥り,債務を整理しようとすることには,その返済等に関する資料のすべてを保管しておらず,各業者との間の取引経過の詳細を明確にすることが困難であることは多いのが現実で」あり(東京高裁平成14年3月26日判決,判事1780号98頁),「長期間にわたって貸付と弁済が繰り返され得る場合には,特に不注意な債務者でなくとも,交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはありうる」(最高裁平成17年7月19日判決,最高裁HP)ところである。
それにもかかわらず,請求権者に対して,違法・無効な制限超過利息を含む冒頭残高が不存在であることの主張立証責任を課すということは,結局,請求権者に対して事実上不可能な主張立証責任を課することにより,一方では「経済的弱者の地位にある債務者の保護を主たる目的とする利息制限法の立法趣旨」(最高裁昭和39年11月18日判決,民集18巻9号1868頁)を没却し,他方では,開示以前の取引履歴を破棄した(と主張する)貸金業者に対し,強行法違反の違法かつ無効な利息の受領を保持すること認めることとなるのである。結果的に貸金業者は,みなし弁済の主張立証をすることなく,強行法である利息制限法違反の違法かつ無効な利息を有効な弁済として受領することができることとなる。また,貸金業者としては,正直に利息制限法の制限利率に引き直した貸付残高を開示するよりも,違法かつ無効な制限超過利息を含む貸付残高を開示する方が,俄然,有利であることになってしまうのである。
しかし,このような結論が極めて不合理で,当事者間の公平の理念に反し法の正義の理念に著しく反するものであることは,誰の目にも明らかである。
被告は貸金業法施行規則17条1項に従って,一連の取引の全てが終了するまで,その全ての取引履歴を一体的に保管しておかねばならない義務を負っているにもかかわらず,かかる義務にあえて違反し,強行法規である利限法の規制を潜脱せんとしており,かような被告の態度は信義則に違反することは明らかであることが認められる。
これらの事情を公平の理念に基き斟酌すれば,被告が開示した取引履歴の初日直前の取引においては,貸付残高も過払金もいずれも存在しなかったものとして,原告らの別紙利息制限法に基づく法定金利計算書1ないし同21記載のとおり,金0円であったとして爾後の計算をするのが相当である。

冒頭残高ゼロ主張は最後の主張

 冒頭残高ゼロを主張する前に、取引履歴の全開示を要求する必要がある。相手が取引履歴を秘匿している可能性を指摘するのである。ただ貸金業者が廃棄した事実を立証できた場合には、ないものはないのだから開示のしようがないということになってしまう。その場合は、上記冒頭ゼロを主張せざるを得ない。「最後の主張」とはその意味である。(10.3.8追加)
 たとえばこういう例もある。
http://www.cr.mufg.jp/corporate/info/2007/071130_01.html