デフレが奪う日本経済の基礎体力

政府と日銀の足並みの乱れ

 11月20日、政府は月例報告で、「緩やかなデフレ状況にある」と正式に表明した。これを発表した副総理兼経済財政担当相の菅さんは、消費者物価の下落が続いている、名目成長率が2四半期連続で実質を下回った、需給ギャップのマイナスが拡大し40兆円にもなっていることをその根拠としてあげた。
 GDPには物価の変動を調整した実質GDPと、かかる調整をせず実額をそのまま表した名目GDPとがある。生活者の立場からすると、給料は下がっても物価も同じように下がれば、生活は困らない。そういった観点からは実質GDPが重要となる。しかし、経済の成長の度合いを測るとすれば、物価調整をする前の生のGDPを見る必要がある。名目GDPはここ1年半下がりっぱなしだ。この原因は、需給ギャップにある。今国内の生産設備をフルに動かした場合のGDP(潜在的GDP)と、現状の名目GDPを比べると、名目GDPが潜在的GDPを40兆円も下回っている(09年7〜9月は改善されて35兆円となった)。要するに、需要が供給に追い付いていないのだ。国内GDPは500兆円弱だから、約1割も設備過剰の状態に陥っていることになる。供給がだぶついているのだから、物価が下がるのは当然である。さらに供給がだぶついているということは、労働力も過剰だということだ。日本の場合は、労使協調が身についているから、雇用調整に走るより、給料を下げることで人件費を調整している。給料が下がればやはり物価は下がることになる。

当初日銀はデフレを否定

 菅さんは「日銀には金融面でのフォローをお願いする」と記者会見で述べたが、かと言って財政出動(国の金を使って消費を盛り上げようということ)については全く触れることがなかった。要は、デフレ退治は日銀の仕事だろう、と日銀に下駄を預ける形だ。
 政府がデフレ認定したその日、日銀はちょうど定例の金融政策決定会合が開催されていた。日銀総裁の白川さんは会合後の記者会見で、「日銀の判断も物価下落が続くというスタンス」と述べたものの、「デフレには様々な定義がある」とデフレとは明白に認めない。需要が大きく不足した現状では、「流動性を供給するだけでは物価は上がらない」とコメント。ようするに、国全体が家計ないし経費節約モードになって、お金を使わないようにしているところに、ジャブジャブお金を注ぎ込んでも何の効果もありませんよ、と言っているのだ。
 結局政府は、日銀がもっと金融緩和をしてデフレを押えこめと言い、日銀は今のデフレは需給ギャップが原因なんだから、落ち込んだ需要を、財政支出で埋め合わせをしろと言う。結局、責任のなすり合いをしただけだった。

日本株は続落

 本来は、日銀と政府と見解をすり合わせ、デフレと認識したなら、政府は財政政策を行い、日銀はより金融を緩和することで、デフレ対策を内外にアピールして行かなければならない。政府と日銀のやったことは、今は火事が起きていますが、火事の責任はあっちにあるので、自分は何もいたしませんということだった。市場は正直だ。連休明けの24日、日経平均は5日続落。一時期、9400円を割り込む場面もあった。11月27日にはドバイショックもあって、日経平均終値は9081円52銭まで下げた。また円高も進行、86円台にまでなり、日本経済に追い打ちをかけた。

ようやく重い腰を上げた政府

 11月30日、白川さんもようやく「持続的な物価下落という意味で、緩やかなデフレ状況にある」とデフレを認定。「政府との間で十分な意思疎通を図っていくということは大事と考えている」と、政府と連携していく姿勢を示した。そして「金融市場は生き物なので、市場の安定確保のためにどういうやり方がよいかは、常に考えていきたいと思う」と、金融政策についても踏み込む姿勢を見せた。しかし、これは、蔵相の藤井さんが白川さんと、極秘会談を持ち、説得したかららしい(12月2日付日経)。政府が鳩山さんと白川さんと会談するとをぶちあげるとなると、白川さんも手ぶらで鳩山さんに会うわけにはいかない。それでデフレ認定発言となったのだ。
 政府の基本政策閣僚委員会は30日夕の会合で、09年度第2次補正予算は当初想定していた2.7兆円より強化すること、円高に対して歯止めをかけること、日銀とも協調してこの問題に対処できるよう努力することの3点で基本合意した。

日銀量的緩和に踏み出す

 日銀は12月1日、臨時の金融政策決定会合を開催。新たなオペを決定。政策金利と同じ0.1%で、国債、地方債、社債、CPなどを担保として、3カ月、資金を貸し出すというものだ。供給額は10兆円程度と、明言した。週1回、8000億円のオペだと言う。
 日銀は2日、1兆円の共通担保資金供給オペ(全店)を翌3日に実施する旨通告した。即日オペの実施は08年12月19日以来、約1年ぶり。
 2日夕方、鳩山さんと白川さんとが会談を行い、二人とも、会談後「デフレについての認識は政府と日銀で同じ」と同じようにコメントした。鳩山さんは日銀の新たな量的緩和策を評価した。ようやく、日銀と政府が問題意識をともにして、金融・財政政策に取り組む姿勢を見せることができた。

政府も第2次補正積み増し

 12月4日午前7時半から開かれた基本政策閣僚委員会の実務者協議では、政府側が財政支出について、地方交付税交付金の減収分の国庫での補てん分を含めて7.1兆円とする第2次補正予算案を提示。地方支援の上積みを含めて8兆円規模を主張する国民新党が譲らず、再協議することとなったが、ようやく政府も景気対策に動き出した。

鳩山首相も口先介入

 12月2日午後、鳩山さんが「一時的かどうかわからないが、ある意味での円独歩高の状態が急激に起きたので、これはそのままにしておけないぞという思いを強く感じている」と述べたと日本経済新聞(電子版)が報じた。口先介入なのだろうが、円は売られた。

改めて得られた教訓

 日銀の量的緩和、政府の二次補正の上積み、鳩山さんの口先介入、どれ一つとっても円安、株高に誘導するには弱すぎる内容だ。しかし円は90円台を回復、日経平均も1万円台を回復した。久々の円高は米国の雇用統計が良かったこともあるが、やはり政府と日銀がデフレについて共通認識を持ち、新たな金融対策、財政政策を行うと言うことで、市場の期待が高まったのだろう。円高、ドル安については、短期マネーによる投機的要素が強いと言われている。それであれば、ハッタリでもいいから、こうした市場に対する発信を絶えずしていく必要がある。やっても効果が生じないかもしれない、というのが消極的思考ではなく、やるだけやってみようと言う積極的思考が重要なのだと、思う。

日銀の今後

 日本の税収の三本柱は、所得税法人税、消費税。今年度はこの法人税の落ち込みが激しい。前年度より所得が落ちたため、税金を納め過ぎたからといって還付を受ける企業が多いため、法人税は大幅に減っている。年明けの二番底も心配されるなかで、今後国債の増発は不可避だろう。政府の中には、そうなった場合、日銀が国債を市場から引き上げてくれて、国債の安定消化が図られればありがたい、という見解もでてくるだろう。日銀は、財政ファイナンスマネタイゼーションを極度に警戒する。かつて日銀が量的緩和を行った際、時間軸政策と言って、「デフレ解消まで政策金利を上げない(デフレが解消したら政策金利をあげる)」と約束し、長期金利の低下を図った。
 さらには「ハードルをもっと高くして、例えば物価が1%上がるまで、利上げはしない」と宣言するのも一つの方法という考えもある(日経紙上の植田和男東大教授の見解)。ただ、日銀はこのような、インフレターゲット的な手法は嫌って行わないであろう。

日銀の今後2

 日本銀行は、「金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率」を「中長期的な物価安定の理解」と呼び、先行きの金融政策運営の考え方の軸としている。
 「中長期的な物価安定の理解」は、消費者物価指数の前年比で0〜2%程度の範囲内とされてきた。しかし、このような表現では0%もOKという意思表示にも取られかねず、デフレ容認ではないかという市場の懸念もあった。
 12月18日の政策決定会合で、「日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することが極めて重要な課題であると認識している。」との考え方の下、「金融政策運営に当たっては、きわめて緩和的な金融環境を維持していく」とし、「中長期的な物価安定の理解」の表現を、「委員会としてゼロ%以下のマイナスの値は許容していないこと、及び、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」と変えた。
 日銀はそれ以前にも「委員毎の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散している」としていたが(http://www.boj.or.jp/type/release/teiki/tenbo/gor0704.htm)、そういった日銀の考え方はどちらかというと、HPの中でひっそり表明されているだけで、世間的には「0〜2%」の「0」に目が向けられてきた。
 今回の日銀決定を、菅さんは「実質的なインフレターゲットを打ち出した。デフレファイターの姿勢をはっきりさせた。非常に良かった」と手放しでの褒めようだ。白川さんは「インフレターゲットを打ち出した」とは認めないだろうが、世間的にはそうとられるだろう。
 また今回「極めて緩和的な金融環境を維持していく」との発言とともに、「1%」を伝えたことで、市場は物価上昇率が1%になるまでは緩和的な金融政策を続けて行くのだろう、という時間軸効果も読み取っている。(2009.12.19追加)

追加:小売大手09年3月〜11月期決算

 小売大手の09年3月〜11月期決算を見ても、デフレ傾向が顕著に表れている。セブン&アイ、イオン、Jフロント、高島屋、ユニー、ダイエー(赤字転落)、ローソン、ファミマはそろって減益。一方、ファーストリテイリングしまむらニトリは揃って増益だ(10.11.9日経)