人民元の国際化

人民元基軸通貨

 ブレトン・ウッズ体制以降ドルが基軸通貨となっているが、米国経済とドルの威信低下で、その地位が脅かされつつある。ドルが基軸通貨でなくなることはないが、多極化する世界の中で、いくつかある基軸通貨の一つになり下がるだろう。「ドルが唯一の基軸通貨でなくなることがあるのか?」という問いにはもう答えが出ている気がする。あとはそれが何時の話かということだろう。
 そしてもう一つの問いは、そうすると何が次の基軸通貨になるのかだが、ユーロがその一画を占めるのは間違いないだろう。円と言いたいが、それだけの勢いがない。そしてもう一つが人民元だ。

中国の深謀遠慮

 中国がドルの基軸通貨に異論を唱えれば、大きな流れが置きかねない。しかし中国は巨額の米国債を抱えているので、ドル暴落につながる基軸通貨の多極化の話には乗れない。米国がヘリコプターマネーをできるのも、双子の赤字で生きながらえてるのも、ドルが基軸通貨だからだ。ドルが基軸通貨通貨でなくなる、ないし多角化した機軸通貨の一つに過ぎなくなれば、たちまち米国債は暴落してしまうだろう。
 ところで、中国が人民元の国際化を図ったのは最近の話ではない。98年10月に訪中したサンテールEU委員長に対して、当時の中国首相朱鎔基は、外貨準備のドルを半分、ユーロに切替えると意志があると表明しているのだ。

米国の基軸通貨としての力量

 通貨には、決済、貯蓄、評価の3つの役割がある。ドルが基軸通貨たる地位をブレトンウッズ体制後、ドルショックの後も守り続けてこれたのは、この通貨の三つの役割をドルがは果たしていたからだ。通貨の一番重要な機能はもちろん決済する機能である。一次産品のほとんどはドルで決済される。国際取引での決済通貨としてはドルが今でも最強である。そのため、商品の金銭評価も、必然、決済の中心通貨たる米ドルで行われることになる。
 とすると、貯蓄もドルで行われる。外貨準備高は決済手段として一番有利なドルがいいとなる。ドルを現金で持っていても意味がないから、実際には米国債の形でドルを保有していることが多い。
 そのため多くの国が自国通貨について、ドルとのペッグ制を選んでいる。中南米、中東の多くの国が米ドルとのペック制を採用している。昔の日本もそうだし、中国も最近まではドルとのペッグ制を採用していた(今でも事実上ドルとのペッグ制だが)。ペッグ制とは、自国の通貨を特定の外国通貨の交換比率を一定に保つ為替制度のことを言い、貿易規模が小さい国などが、貿易や投資を円滑に行うために採用している。

では人民元基軸通貨足りうるか

 今まで話したことから明らかだろう。基軸通貨たるためには実際に国際貿易決済に人民元を使ってもらえなければならない。しかしまだ中国にそれを全面的に行うだけの勇気はない。なぜか?もしそうしてしまうと、人民元の為替レートが独り歩きしてしまうからである。今の人民元の為替レートは、中国の中央銀行(日本で言えば日銀)である人民銀行の外貨管理局が決めている。要するに人民元は温室育ちで外界に出たことがない。外界に出ないから、人民銀行で為替ルートを操作できるのである。人民元が国際通貨になったら、元高になって、中国のGDPの7割を占める輸出に大きな悪影響が出る。

中国の打っている手

 中国人民銀行の周小川総裁はドル基軸体制の限界を指摘する論文を発表し、ドルに代わる新たな国際通貨を創設するよう呼び掛けていたが、24日、IMFのSDR(IMF基金からの特別引出権)に中心的役割を与える考えを示した。ドルショック以降、SDRは通貨バスケットとして定義されており、バスケットはユーロ、日本円、英ポンド、米ドルで構成されている。米ドルで表示したSDR価格は、ロンドン市場における正午の為替相場をもとに、4通貨の特定金額を米ドルに換算したものの合計として毎日計算されている。バスケットの構成通貨の割合は、5年ごとに見直され、次回の見直しは2010年末に予定されており(この時期が早まるとの報道もある)、中国はここに人民元を押し込もうとしているのではないだろうか。
 「チェンマイ・イニシアチブ」というアジア内での金融危機時の通貨スワップ協定についての取り組みがある。東アジア地域では97年に発生したアジア通貨危機の反省から、日中韓ASEANASEANプラス3)が、2000年に外貨を融通し合う「チェンマイ・イニシアチブ」の構築に合意、協定を広げてきた。さらに体制を強化するため、2国間協定のネットワークを多国間協定に束ねる「マルチ化」を進めている。
 この中で中国は二国間で、人民元を緊急時に供給するスワップ協定を、他国に働きかけて熱心に結んでいる。これも人民元の国際的決済通貨化、さらには基軸通貨化を考えてのことだろう。
 中国はASEAN加盟国、香港、マカオとの貿易取引で人民元建ての決済を試験的に解禁した。とは言っても、今回の人民元建て決済は中国当局が管理できる範囲内での条件付事由に過ぎない。一回ごとの決済に当局の許可が必要だという。(日経09.8.3)