サントリーとキリンの経営統合に思う

驚きの声

 サントリーとキリンの経営統合については、驚きの声が大きい。かたや東証1部上場、かたや大いなる同族企業。かたや、組織力を重視する堅実な社風と、かたや「やってみなはれ」の自由な社風。こうした水と油ほどの違いのある企業が同じ屋根の下でやっていけるだろうかという驚きだ。
 新聞がいう、今回の統合の狙いは、国内で設備・経費の無駄を省き、海外企業の買収を勧めるだけの資金力を得るため、ということだ。既に国内の消費は頭打ち、市場が狭まっているため、互いに相手のシェアを奪うべく、消耗戦を闘わなければならない。そうなると、目を向けるべきは新興国市場、すなわちアジアだ。他国で一から仕事を始めたのでは、市場開拓にはとてつもない時間がかかる。とれなば海外の企業を買収し、その企業のシェアを自分のものにするのが早道だ。

世界食品企業に向けアクセル

 これまでは欧米企業が、投資ファンドから金をかき集め、世界で企業買収を積極的に行ってきた。ビール世界最大手のインべブは、08年7月、バドワイザーで有名なアンハイザー・ブッシュを買収し、以降社名をアンハイザー・ブッシュ・インベブに変えた。日本企業が狭い日本市場で、パイの奪い合いで企業体力をすり減らしている間に、世界ではM&Aが進行していたのである。しかしリーマンショック以降風向きが変わりつつある。リーマンショック以降、インべブは、過大な利払いに耐えられず、資産売却をし始めている。インべブは、昨年中国の青島ビール株式2割弱を買収したのだが、09年1月、インベブが突如して撤退を表明し、同持ち株をアサヒビールに譲渡し、同社が保有株は27%近くになり、第2位の株主に躍り出たのである。
 世界中で消費が減退、欧米飲料メーカーは、今後さらに資産の切り売りをするかもしれないし、今欧米メーカの買収の手が鈍っている今こそ日本メーカーがアジアに進出するチャンスなのだ。現在、中国では銀行の新規貸付が急増、その影響で株価が上昇しているが、新規融資の増加もいつまでも続くわけではない。こうした新興国企業の株価が落ちてくれば、買い時だ。そのための資金を作るのが、今回の経営統合の理由ではないかと言われている。

経営統合へのハードル、その1

 サントリーは1対1の対等な立場での経営統合を望んでいるという。そうした場合問題となるのが、サントリーの株主構成だ。サントリー株の89.33%は創業者一族の資産管理会社寿不動産が保有している。寿不動産は56年9月の設立。寿不動産の株主は22人。筆頭株主の財団法人サントリー文化財団と鳥井春子氏が各9.21%、3位の佐治信忠氏、鳥井信吾氏、酒井朋久氏、佐治英子氏が各4.97%、さらに鳥井信宏氏が4.84%、この上位7名で43.14%を占める。創業者が最終的にイエスと言うかと危惧する向きが多いが、逆だろう。もし1対1の対等な立場での経営統合となった場合、寿不動産が44.67%の株を保有することになる。キリンの株主は一般投資家も多いから、寿不動産だけが半数近くの株を持てば、経営の実権を握ってしまうことになる。
 合併比率等は双方の企業の評価額いかんで決まる話なので、「対等で」と言ったからといって対等になるものでもないが、それでも寿不動産の単独での持分割合はかなりのものになるだろう。

経営統合へのハードル、その2

 サントリーの100円ビールの存在も問題だ。イオン、セブンイレブンは相次いで、サントリーと共同開発した第3のビールを、プライベートブランドとして発売すると発表した。350ml缶の価格は、イオンが100円、セブン&アイが123円(税込)。イオンは500ml缶を145円で売り出す。通常の第3のビールより2割程度安い。
 これはサントリーからすれば快挙かもしれないが、キリンも含め他のビール会社からすれば、暴挙だ。ビール市場は、主戦場が第3のビールに移り、コスト競争が激化し、利益を出しにくくなっているところに、今回の100円ビールはまさに各社の販売戦略を一から見直させることになる。現在、小売市場を支配し、価格決定力を持っているのはコンビニだ。コンビニの商品棚にどれだけ置かせてもらえるかで、各メーカの命運が決まってしまう(これがアメリカだとウォルマートと言うことになる)。ビール業界からすれば、サントリーのPB(プライベート・ブランド)受け入れは、コンビニに対する全面降伏ということになる。
 サントリーはいい。サントリーのビール事業はぎりぎり黒字。そんなに大儲けしなくても、ほかのところでもうければいい。しかし、ビールを主力とするアサヒ、サッポロにとっては死活問題だ。さて問題のキリン。キリンは食品部門で収益を上げているから、ダメージはアサヒ、サッポロほどではない。しかしキリンは日本のビールの草分け的存在。ビール事業部門の社内的発言力は大きい。ビール事業部門がサントリーとの合併を面白く思っているはずがない。

経営統合へのハードル その3

 これは日本企業すべてに言えることだが、企業別労働組合の問題だ。欧米では労働組合は、企業別ではなく、業界別に組織されている。A社が高賃金、B社が低賃金だと、結局コスト力のあるB社が競争に勝ってしまい、結果A社の労働者の賃金も下げられてしまう。だから業界別に組織されている。しかし日本では企業ごとに労働組合が組織されている。
 欧米では業種別組合が共同で賃金要求してくるため、賃金その他の労働条件も平準化されている。しかし、企業別組合の日本企業では同業でも会社によって賃金も労働条件はバラバラだ。合併の場合、人事面での負担が大きい。欧米に比べ、日本の企業の寡占化が進まない理由の一つがここにある。

サントリー同族株主の思惑

 今回の経営統合サントリーの同族株主にとっても、いい選択ではないかと思う。今後相続が発生する場合、相続税を払うためにはどうしても、株を処分しなければならない。これが税務署に物納されるとなったら大変だ。敵対的株主が現れないとも限らない。こんなとき、キリンと経営統合していれば、キリンが買い取ってくれる。相続が何代か続けば、創業者一家の株も減ってこようが、それはそれで良しとしようと言う考えも成り立つ。

追記

 イオンの「麦の薫り」は他社の第3のビールの3倍の売れ行き。しかし、他社の第3のビールの売り上げは落ちていない。第3のビール全体の売上高は前年同期の実績を7割上回っているというから、他のスーパーの客が流れてきていることになる。
 セブンの「ザ・ブリュー」も売り上げトップになっているという。
(日経09.7.31)