偽りの夜明け

良いニュースだけを告げるバーナンキ

 バーナンキFRB議長が必死に、米経済は大丈夫との発言を行っている。3月15日には米CBSテレビの人気番組「60ミニッツ」に出演し、過去数十年で最悪となる米国の景気後退は年内に終結し、米経済は2010年にも活気を取り戻すと語った。5月5日には米両院合同経済委員会で証言し、3年にわたり低迷していた米住宅市場が近く底を打つ可能性があるとの認識を示し、金融危機が再発せず、景気後退が年内に終息することを期待すると述べた。また5月22日には、ボストン・カレッジのロースクール卒業式での講演で「経済は回復する。非常に多くのファンダメンタル的強さがあり、長期的に抑制されることはない。ムードは明るくなる」と述べた。
 「政治家は嘘を100回つけば現実になると考えている」と言ったのはヒットラーだったが(彼は自分はそうではないと続けている)、バーナンキもそれをやっている。

八百長だったストレステスト

 バーナンキのついた最大の嘘が、5月7日発表の米大手19行に対するストレステストの結果発表だ。最悪のシナリオを前提としても、自己資本を19行合計で746億ドル充実させれば十分との結果だった。
 しかし、IMFは4月の報告で、米銀全体で2750億ドルから5000億ドルの資本が新たに必要と推計していた。19行の総資産額が12兆ドルとされ、米銀全体の総資産14兆ドルの約8割を占めているのだから、IMF試算をベースにして19行の損失額を計算すると2200億ドルから4000億ドルの不足があることになり、この数値と比較して余りに低すぎることが疑念を呼んでいた。資本不足は残り1300億ドルとなった公的資金枠の範囲内にとどまり、最初から結論ありきを疑われもした。
 ウォールストリートジャーナルは5月9日、「銀行はテストで譲歩を勝ち取った」と題する記事を掲載、内幕をぶちまけた。それによると、FRBは、一般への公表に先立ち、4月中に、金融機関に対してストレステストの結果を通知した。各金融機関は「FRBが資本不足を過大に見積もっている」と怒り狂い、FRBに様々な査定の見直しを迫った。結局FRBは、金融機関との2週間の激しい交渉の結果、いくつかの巨大金融機関に生じている資本不足の規模を数分の1に縮小することに合意したのだという。同紙の報道によれば、バンカメは500億ドル超あった資本不足が339億ドルに、シティは350億ドルあった資本不足が55億ドルに縮小されたのだ。ストレステストの発表が予定よりどんどんズレて行ったが、その理由はここにあったのだ。
 自行が発行した社債が下落すれば、その分安く買い戻すことができるからと、評価益が生じるなどというイカサマルールによる粉飾も非難されている。

嘘も方便

 しかし、バーナンキの嘘も方便。非難はしない。ここに船が沈もうとしているとしよう。救援が間に合えばいいが、間に合わなければ海の藻くずだ。そうしたとき船長は何をすべきか。沈没の不安を言い立てる船客に、腹を揺らして笑いながら、「誰がそんなことを言いました」と言うだろう。オバマ政権がやっているのはそれと同じだ。実体経済の回復、不動産価格の反転という救援が間に合うまで、国民がパニックに陥らないように、嘘を言っているだけだろう。国民がパニックになればもっと悪い結果を生む。
 米国の現政権、金融界はあるルールに従ってゲームをやっている。そこでのルールは「王様は裸だ」と言ったら、そこでゲームアウトというものだ。

偽りの夜明け

 白川日銀総裁は、米経済について明るい見通しが言われ始めていた4月23日、ニューヨークで、日本がバブル崩壊後に何度か一時的な景気回復局面を経験したことを踏まえ、「偽りの夜明け」を本当の回復と見誤らないよう注意する必要性を強調した。
 白川総裁は「日本経済は90年代の低成長においても、何度か一時的な回復局面を経験したが、このことは経済がついにけん引力を取り戻したと人々に早合点させる働きをしたように思う」と指摘。その上で「これは『偽りの夜明け』とも言うべきものだったが、人間の常として、物事がいくぶん改善すると楽観的な見方になりがちだ」と述べ、一時的な回復を本当の回復と見誤ることに警鐘を鳴らした。
 白川総裁は、日本の「失われた10年」の教訓として次の3つを指摘した。

  • 大胆だと思って採った行動であっても、事後的にみれば必ずしも大胆ではなかったという場合がある
  • 政府や中央銀行による危機管理対応が、経営に失敗した銀行を救済するためではなく、金融システム全体を救うために行なわれているということを、しっかりと説明し、国民の理解を得る必要がある、
  • マクロ経済政策は、経済の急激な減速に立ち向かう上で鍵となる役割を果たすが、万能薬ではない
焦点は不動産価格の下げ止まり

 米銀の今後を決するのは、米国の不動産市場だろう。しかし現状不動産市況の下落に歯止めがかかっていない。今年2月のS&Pケース・シラー係数は、主要10都市で前年同月比マイナス18.8%、20都市で同マイナス18.6%と大幅な下落。景気の悪化は一般住宅より商業不動産に大きな影響を及ぼす。4月中旬には、全米に約200のショッピングモールを所有する全米第2位のゼネラル・グロスが破たん。同社は多額のCMBS(商業不動産担保証券)を活用しており、破たんの影響がCMBSの市場に及ぶことは避けられない。FRBは、既にCMBSを担保にした中・長期の資金供給を行うことを決めているが、期待したほどの効果が上がらないと、不良資産がまた1つ増加する。
真壁昭夫信州大学・経済学部教授の一文は、上記事情を指摘しつつ、ニューヨーク在住のあるベテランディーラーの言葉を紹介している。
「政策当局の影響力が増している金融市場の動きだけを見て、景気が回復したと思い込むのは尚早だ。株式市場が上昇することに反対する投資家は、世界に1人もいない。」
 ここ4日間NYダウが続落している。祭りの終わりは、いつかは来るものだ。