最高裁判決 債務不履行における債権者の損害拡大防止義務

どういう事案だったのか

 09年1月19日、最高裁第二小法廷で、ある判決が出た。商業ビルの地下1階で営業していたカラオケ店とそのビルのオーナーとの間の裁判だ。
 このビルは、築30年。かなりガタがきていた。カラオケ店への水漏れが頻繁に発生。ついには、地下1階の排水用ポンプが故障して汚水が噴き出し、カラオケ店舗は床上30〜50cmまで浸水。この事故で、カラオケ店は営業ができなくなった。
 店主はオーナーに、営業を再開できるようにビルを改修するよう求めた。これに対し、ビルオーナーは、老朽化したビルを建て替えるから出ていけと、賃貸借契約も解除した。双方一歩も引かないまま事態は膠着した。店の備品も全てだめになったが、その費用はオーナーが入っていた動産保険の保険金でまかなわれたが、営業ができないことによる経済的損失については補償してくれなかった。
 浸水事故から1年7か月後、カラオケ店主がビルオーナーに対し、営業補償を求めて、訴訟を起こした。

最高裁判決

 最高裁は、建物は老朽化してはいるものの、建替までする必要はなく、改修で事足りるのだから、老朽化を理由とする賃貸借解除までは認められないとし、オーナーの改修義務の不履行までは認めた。しかし、次のように述べて店主の主張する営業損害の大部分を否定した。
 オーナーが本件修繕義務を履行したとしても,老朽化して大規模な改修を必要としていた本件ビルにおいて,カラオケ店主が本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。また,本件事故から約1年7か月を経過して本件本訴が提起された時点では,本件店舗部分における営業の再開は,いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたと解される。他方,カラオケ店主が本件店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,前記事実関係によれば,カラオケ店主は,平成9年5月27日に,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,合計3711万6646円の保険金の支払を受けているというのであるから,これによって,被上告人は,再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 そうすると,遅くとも,本件本訴が提起された時点においては,カラオケ店主がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償をビルオーナーらに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,カラオケ店主が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償をビルオーナーらに請求することはできないというべきである

※判決原文は↓ 原文の「上告人」を「ビルオーナー」に、「被上告人」をカラオケ店主に置き換えた
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090119143638.pdf

無用な意地は身の破滅

 カラオケ店主の怒りは理解できる。しかし、最高裁はその点を認めつつも「マスター、少し大人になれよ」と言っているのだ。確かに浸水事故の責任はオーナーにあり、店主は被害者だ。しかし最高裁は言う「マスター、あんただって、この店舗で店をやろうと思ったってもう無理だって分かっていただろう。無理だと分かったら、保険金を元手に別の店を開けばよかったじゃない。それを意地を張って、何もしないで遊んでいて、その間の営業報酬をくれというのは、言い過ぎじゃないの。」と言ったところだ。多分この店主には、弁護士も悩まされていたのではなかろうかと思う。
弁:もう意地はるのは止めて、別のところ店舗を開きましょうよ。
店主:今、カラオケは落ち目だよ。よそ行って開いたって、元はとれないよ。
弁:だったら、これを機会にカラオケ止めたらいいじゃない。
店主:何で、被害者の私が引っ込まなきゃいけないんですか。相手が折れて、一部補償金払うから、出て行ってくださいっていうべきでしょう。向こうが謝らないのに、何でこちらが降りなきゃ行けないんですか。理屈が通らないでしょう。
 とまぁ、これは想像だが、こういうやり取りがあったとしても、不思議ではない。常識的なところで刀を納めなさいという教訓である