ロシアは天然ガスを使って欧州を脅迫

ロシアが欧州向けガス供給停止し、影響力を誇示

 ロシアの半国営企業ガスプロムウクライナがガス料金を延滞し、料金値上げに応じなかったことを理由に同国向けのガス供給を1月1日より停止した。ロシアからウクライナを通じて欧州に向けてガスが送られているが、この欧州向けガスについて、当初ロシアは従来通り供給するとしていたが、急転、ウクライナが一部抜き取っているという口実から(ウクライナは否定)、欧州向けガスも供給停止した。このため欧州の一部では、市民が暖をとれず、火も使えず、工場も動かないといった事態に陥った。EUは必死に外交努力しているが、ロシアはいろいろ理屈をつけてはガスを供給しない。この勝負、ロシアの完勝だ。欧州経済は、ロシアに脇腹に匕首を突きつけられた形だ。

ガスプロムプーチンが支配

 ガスプロムは、埋蔵量にして世界の38%の天然ガスの採掘権を持っている。同社は上場企業であるが、ロシア政府が38%の株を所有しており、同政府の絶対的影響下にある。現社長、現取締会長は、プーチンサンクトペテルブルク市第一副市長をしていたことの部下であり、前会長もメドベージェフだ。プーチンガスプロムを意のままに操れるのである。そしてプーチンは、天然ガスを、ロシアが覇権を握るための道具だと考えている。

ロシアの外交力の源泉はエネルギー

 欧州は天然ガスの4分の1をロシアに頼っている。ロシア産天然ガスへの依存度はスロバキアが100%、ブルガリアマケドニアボスニアが96%、セルビアが87%、チェコが80%、トルコが67%である。ロシアがウクライナNATO加盟阻止だけのために、ガスを止めたのであれば、欧州向けガスを止める必要はなかった。「お前らのエネルギーはロシアが握っているんだぞ」という欧州への脅し、ゆさぶりをかけ欧州を分断しようとしたに違いない。今回の事件をきっかけに、欧州の中にロシア寄りの態度を示してくる国があれば、そことの親交を深め、くさびを打ち込んでくるかもしれない。
 スロバキアはEU加入の条件として旧ソ連が建設した原子炉の操業を停止させられていたが、今回操業を再開することになった。当然再開の際は、ロシアの技術的協力が必要になる。ロシアはここでもポイントを稼いでいる。

ナブッコ・パイプライン対サウスストリームという、EU対ロシアの戦い

 EUは、「ナブッコ・パイプライン」を建設し、カスピ海湾岸の天然ガスをロシアを経由せずに欧州に引こうとしている。天然ガスのロシアへの依存を少しでも弱めようとする狙いだ。このパイプラインは、アゼルバイジャンを起点とし、グルジア→トルコ→ブルガリアルーマニアハンガリーオーストリアとつなげる予定だ。
 しかしそうと聞いて黙って見ているロシアではない。ロシアは、サウスストリームパイプラインを計画。ロシア本土から黒海海底を通ってブルガリアへ、その後、セルビアハンガリーを経由しオーストリアスロヴェニアに向かうルートと、ギリシャを経由しイタリア南に向かうルートの2方向に分岐するパイプラインだ。このパイプラインの年間のガス輸送能力は300億立米、12年に建設終了予定だ。この工事は、伊政府が20.31%の株式を保有するイタリア企業のENI(伊最大のエネルギー会社)が中心となって進めている。このルートはナブッコ・パイプラインをつぶすためのものである。
 ロシアはさらにリビアにも手を伸ばしている。ロシアはリビアのロシアに対する債務を帳消しにする代わりにガスプロムリビア国営企業とで石油・ガス田を開発、輸送、販売する合弁会社を設立した。ガスプロムはさらにENIからリビアの油田開発会社の持ち株の半分の提供も受けた。これによりリビア・イタリア間を結ぶグリーンストリームにロシアの息がかかることになる。
 このようにイタリアとロシアはガスを通じて強固な協力関係を結んでいる。
 ナブッコ・パイプラインが実現するには、二つのハードルがある。まずハンガリーの動向だ。ハンガリーは、ロシアにもEUにもいい返事をしている。08年2月21日にはナブッコ・パイプライン建設に向けた、政府間協定書をドラフトし、各国政府に回付したことを明らかにした。その一方で、ハブが自国内ではなくオーストリアに設けられると知り、ロシアにも色よい返事をしているという。もう一つの問題は、そもそもナブッコ天然ガスを確保できるのかという問題である。ナブッコが、新たに採掘権を確保できるとなれば、アゼルバイジャンのシャーデニス・ガス田しかないが、このガス田については、トルコ、ロシア、イランも買い取りを求めており、ナブッコが確保できる保証はない。アゼルバイジャン政府はイタリアへ供給する意向を示しており、そうなればサウスストリームにガスが流れるかもしれない。
 http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=200805_055t.pdf&id=1972
 http://www.melma.com/backnumber_45206_3586807/(同稿でブルーストリームとあるのは、サウスストリーム間違いではないか)
※BTCパイプラインというアゼルバイジャンからグルジアを経てトルコの地中海側のジェイハン港に至るパイプラインはすでに完成している。

サウスストリームに危機感を持つウクライナ

 ウクライナにとっては、ナブッコも、サウスストリームも脅威である。今はロシアから欧州向けガスの8割がウクライナを通っているが、これがウクライナを通らずサウスストリーム、ナブッコのほうに行ってしまうかもしれない。そうするとウクライナは、ロシアに対して切り札を失うことになる。今回ロシアが強く出たのはサウスストリームにめどがついたからなのだろうか。
 ただナブッコにも弱みがないわけではない。ナブッコはロシアから黒海海底を通じてブルガリアに至るが、途中でウクライナ排他的経済水域EEZ)を通過しているからである。
 ウクライナは「ガスの女王」との異名を持つティモシェンコ首相が中心になり、ホワイトストリームという、カスピ海のガスをロシアを経由することなく引き込むパイプラインを計画し、発表したが、現実的な可能性はないようだ。

ロシアはガス版OPECを構想

 ロシアが主唱して、08年12月23日、モスクワで、世界の約7割の埋蔵量を持つ各国閣僚が集まって、「ガス輸出国フォーラム」が開かれた。事務局はドーハに置かれることになった。プーチンはかねてからガス版OPECの創設を主張しており、ロシアとしてはこれをガス版OPEC創設の足がかりとしたい考えだ(日本経済新聞08.12.24朝刊)。

グルジア侵攻にも天然ガス支配の意図

 グルジアアゼルバイジャンとトルコの中間に位置する。このためアゼルバイジャンのガスを欧州に運ぶには必ずグルジアを通過することになる(アルメニアを通じてトルコにガスを運ぶことは可能だが、トルコとアルメニア犬猿の仲のため、それは事実上不可能)。もしグルジアに親ロシア政権が誕生すれば、欧州はロシアの顔色をうかがわなければ天然ガスを取得できなくなる。グルジア侵攻は米国の出方を見る目的もあったが、米国はロシアの侵攻を非難したものの、軍事介入はしなかった。グルジア民主化は米国が糸をひいてのもので、当然グルジアの陰には米国がいたのだが、米国がグルジアにおいては張り子の虎であったことが露呈してしまった。そして今回のウクライナ経由のガスの供給停止である。ウクライナオレンジ革命も米国の力が働いているが、ここでも米国は動かなかった。ロシアはウクライナに、今回のガス供給停止で「お前らが頼りにしている米国は当てにならないぞ。こちらのほうの陣営に戻ってきたらどうだ」と言っている。それはかつての旧ソ連構成国、東欧諸国に向けての言葉でもある。

ナブッコとサウスストリームの一体化

 ウクライナを経由しないサウスストリームの先行きが不透明化しつつある。これは10年2月ウクライナに親露のアザロフ政権が誕生。アザロフ政権がロシアに、サウスストリームに金をかけるより、ウクライナルートを増強するよう求めているからだ。
 さらにサウスストリームのパートナーであるイタリア企業ENIは、10年3月上旬、サウスストリームとナブッコの一体化を提案している。(10.4.10追加)

シェールガスの衝撃

 全米で「シェールガス」という新型の天然ガスが大増産されている。シェールガスとは、泥土が堆積して固まった岩の固い地層に閉じ込められているガス。米国では膨大な量が埋蔵されていたが、採掘が難しく、宝の持ち腐れになっていた。ところが、このガスを採掘する技術が確立され、数年前から開発が一気に進んだ。
 米国エネルギー省の04年版長期エネルギー見通しで、25年の輸入依存度は28%と試算していたが、最新の09年版では30年の依存度でもわずか3%と、大幅に見直している。実際、米国で確認された天然ガスの埋蔵量はわずか3年で2割以上も増えている。
 米国の天然ガス相場は08年7月の100万BTU当たり13.69ドルをピークに、09年9月には2.4ドルまで急落した。この結果、米国向けLNGの大半が行き場を失い、スポットLNGとして欧州市場に大量に流れ込んだ。世界的不況によるガス需要の減少もあって、世界的にガス価格が暴落した。
 ロシアのガスプロムは昨年、西欧向け輸出が3割減少。欧州各国は、ガスプロムのガス支配から逃れようとシェールガス探査に着手している。(10.4.10)