マリンVHFに潜む 役所の利権構造

無線方式が共通であれば防げた「あたご」事故

総務省は08年4月、「海上における船舶のための共通通信システムの在り方及び普及促進に関する検討会」という長ったらしい検討会を設置された。この検討会が設置されたのは、08年2月房総沖でイージス艦「あたご」が、小型漁船「清徳丸」に衝突させ、沈没させた事件がきっかけとなっている。清徳丸には漁業用無線しかなく、あたごが搭載している国際VHFという国際規格の無線機と直接通信を行うことができなかったことが事故原因の一つになっており、無線方式の違いという行政の都合で事故が起きてしまったことが問題になったのだ。
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/kaijo_senpaku/index.html

マリンVHFという日本独自の制度

世界では国際VHFという企画の無線機が、大型船、小型船共通で供えられており、接近時には、これで互いに連絡を取り合うことで衝突防止ができているのである。しかし、日本では国際VHF無線を全部の船が持ったら無線通信が混信してしまうとの理由から、マリンVHFという日本独自の規格の無線を設け(国際VHFよりわざと劣った機能に設定されている)、小型船舶にはそれのみを使わせ、国際VHFを使わせなかった。そしてこの日本独自のマリンVHFが総務省天下り法人の管理下で国民に高額な負担を負わせていたため、普及が進まなかったのである。しかも多数の船が国際VHFを使ったら「無線通信が混信」してしまうということ自体ありえない話だったのである。

アメリカでの国際VHF事情

米国では1996年の規則改正により、国際VHF無線が自由化され、米国船籍との通信に限り無線局免許・従事者資格ともに不要になった。ユーザは無線機を購入後すぐに、使用することが可能で、いわば携帯感覚で購入、利用されている。価格も200ドルほどしかしない。しかも皮肉なことにその大半は日本製である。

日本独自の船舶無線事情

 日本では小型船舶は国際VHFを事実上利用できず、より機能の劣ったマリンVHFしか利用できない。しかも、いざこの無線を船に搭載しようとすれば、第三級海上特殊無線技士(三海特)免許、無線局開局免許を取ることが必要となり、定期的にその更新も必要となる。その費用もばかにならず、煩雑な手続面もあって、マリンVHFは嫌われ、普及しなかった。しかも、総務省国交省とが、権限を競ったために、手続きも二重にかかったのである。しかも国際VHFよりはるか低機能のくせに、機種が19万4250円の1機種しかないのだ。
1)総務省関連の資格、免許等
①第三級海上特殊無線技士免許。国家試験または総務省外郭団体、(財)日本無線協会の講習会終了が必要。受講料19,950円。
②マリンVHF無線局(特定無線局)の免許申請。7,100円。
※役所特有の煩雑な手続のため、利用者の大半は無線機販売業者に代理申請を依頼せざるを得ず、代行手数料は上記申請料の3〜7倍がかかってくる。
③5年ごとに無線局更新手続き(更新料3,350円)と無線使用料(600円)。
④3年ごとの船舶局の定期検査。指定業者による無線機の登録点検。検査員の船舶までの出張旅費と検査料。
2)国土交通省関連資格、免許等
①マリンVHF無線局申請条件として、国土交通省指定の海岸局への「加入証明書」。
②海岸局等を運営する中心団体(社)小型船安全協会(国土交通省外郭団体)等への加入費5,000円と年会費及び海岸局年会費計10,000円。

小型船舶までがVHFを持つと無線が混信するという総務省の嘘

 アメリカ合衆国及び隣接するカナダ海域にある国際VHFを搭載したヨットとモーターボート数は約6,000,000隻(漁船を入れればもっと拡大する)。日本のプレジャーボート数は268,000隻、これに漁船を加えても小型船総数は約60万隻にしかならない。米国カナダでは、日本の10倍の船舶が国際VHFを利用しているのに、総務省が心配するような無線の輻輳は起きていないのである。
 マリンVHFが導入された当初なら、総務省の危惧もまだ理解できなくもない。しかし、かかる厳然たる事実がありながら、08年4月の検討会発足時においてもまだ「緊急通信を絶対に混信させてはならない」(4月25日東京新聞)と小型船の国際VHF利用を危惧していると思われる事務局発言があったというのである。

なんで日本のマリンVHF無線機は高いのか

 日本のマリンVHFは、国際VHF無線機と違い次のような機能を持たされていた。
①国際VHFと、待ち受けチャンネルが違うため、これを拾うために順次切り替わる“スキャン受信”機能。
②長時間通信を防ぐための、通信時間を5分間に限る自動カットオフ機能。
③国際VHFと同じ周波数を使いながらマリンVHF機であることがわかる自動識別装置。
 こうした機能補正がされたため、割り当てチャンネルは20波、出力は5W、通信エリアは10〜30kmという低機能(国際VHFはそれぞれ57波、25W、50km)にも関わらず高価格となってしまったのである。

マリンVHF 出力不足が招く欠陥

 マリンVHFは、国際VHFに比べ、わざと出力を落としているため、通信エリアも狭いものになっている。これがどういうことかというと、いざ救助を求めるときに、救援通信が届く範囲が十分なものにならないということなのである。マリンVHFが加入海岸局と交信できる海上範囲は携帯電話の通話圏と重なっており、携帯電話を所持しながら敢えてマリンVHFを搭載する必要性が見いだせないという事情もある。総務省のいう通信の混信が幻想(妄想?)であるとわかった以上、出力も国際VHF並の25Wにすべきである。

検討会の報告書案の具体的内容

 検討会は08年12月25日報告書案をまとめた(東京新聞同月26日朝刊)。しかし、まだ総務省のHP上報告書案が公表されていない。そのうちパブリックコメントが求められると思うが、財団法人日本セーリング連盟は次のような提言をしており、至極まっとうなことだと思われるので、ぜひ取り入れてほしい。
①無線免許資格である海上特殊無線技士資格を必要とするにしても、届出程度に留めること。
②無線局免許申請の煩雑な申請手続きを簡素化し、一般ユーザーが容易に自分で手続きできる内容にすること。
③国際VHFは国際規格であるから、日本独自の技術基準適合証明要求を緩和し、アメリカ合衆国の適合機種(FCC認定)をそのまま国内適合と読み替えて、日本メーカー製が大半であるアメリカ販売機種を使用できるように緩和すること。
④3年ごとの無線局定期検査免除。国際VHF は携帯電話同様にボタンを押してチャンネルを選択するだけの機器であるから、無線局定期検査、無線機の登録点検は免除すべきである。

天下りという観点

 このマリンVHFの問題には、役所の天下り先の確保という動機があったのではないかと思えてならない。関東小型船安全協会、関西小型船安全協会等各地にある財団法人も天下りの温床ではないか。関東小型船安全協会はホームページで、平成20年12月26日付で更新し、わざわざ「当法人は、「国と特に密接な関係がある」特例民法法人に該当しないので、その旨公表いたします。」と述べている。この趣旨が不明なのだが、天下りに関しての防衛策なのだろうか。
http://www.shoankyo.or.jp/topics/index.htm#d20081226
※この原稿については、かなりの部分を、日本セーリング協会の以下のホームページを参考にさせてもらいました。
http://www.jsaf.or.jp/gaiyou/2008/vhf/00.pdf
プレジャーボート愛好家の生の声についての参考として
http://www.ocean.or.jp/opinion/vhf.cgi