警察庁、取調室の机を床に固定するよう全国の警察に指示     志布志事件を振り返る

警察庁 取調室の机を固定する等のため3億6400万円を予算請求

警察庁は、08年12月、取調室の机を床に固定したり、机の下に被疑者と取調官の間に遮蔽板をつけることにし、来年度予算としてその費用3億6400万円を請求した。
東京新聞08年12月20日朝刊)
なんで?という感じがすると思うが、この措置、取調を適正化するために行うという。机を固定するのは取調官が机を蹴っても机が動かないようにするため、机の下に遮蔽板をつけるのは取調官の足が被疑者に当たらないようにするためだという。
ということは、それまで警察官は机が動くほど机を蹴ったり、相手の足を蹴飛ばしたりしていたということではないか。もしそういった事実がないのであれば、国民の血税を3億円以上も使ってまで、こんなことに金を使わないであろう。

志布志事件がきっかけとなって作られた警察庁の取調べ適正化指針

警察庁は08年1月「警察捜査における取調べ適正化指針」を策定した。これは、志布志事件が発端となっている。
03年4月、鹿児島県議選で、候補者の一人が志布志町の住民複数名に、金銭を交付して集票依頼をしたとして、収賄側と贈賄側計13名が公職選挙法違反で逮捕された。これが志布志事件である。
警察は、候補者Nが志布志町内の集落で4回にわたり会合を開き出席者に現金を直接、配った買収行為を行った容疑があるとして裏付け捜査を開始した。この集落にある7世帯の住民が次々と逮捕・起訴され102〜186日の長期勾留を強いられる異常事態となった。15名中、9名は容疑を否認したが、6名は捜査担当者の自白強要や「村八分」への恐怖心から容疑を認める旨の供述をしてしまった。
ウィキペディアより)
中には簡易ベッドに被疑者を寝かせ尋問し、被疑者も回答するときだけようやく目を開けるという状態まであった。この事件で有名になったのが、後述する「踏み字」である。
 県警は当選した県議Nと妻を03年6月4日に公選法違反容疑で逮捕した。Nと妻は一貫して容疑を否認したものの、妻は273日間、Nは395日間と実に1年以上の長期勾留を強いられた。
県警は贈賄側、収賄側合わせて13名を起訴した。しかし、この無理な取り調べが刑事裁判所で問題視され、07年2月23日鹿児島地裁は、全員を無罪とした。

踏み字事件

 以下は、N県議候補当選のため、ビールを配り集票行為を行ったとされた、地元ホテル経営者K氏が語った「任意」の取り調べ状況である。踏み字事件の経過が良く分かる。
Nさんが当選した投票日の翌日、3人の警察官が来て、志布志署に連れていかれました。取調室に入ると、「そこに座ってる意味がわかるでしょう」と言われたんです。それが浜田警部補でした。意味がわからなかったんです。「はぁ?」と答えたら、浜田は「はぁじゃないだろうっ」とテーブルをぶっ叩くんです。「お前がビールを配ったんだ」。
 取調べは、朝8時から夜11時まで続きました。「ビールを配っただろ、認めろ」。ずっとそればっかりです。私の話は何にも聞いてくれない。朝から晩まで、「認めろ」の一点張りでした。浜田は、「お前が配った焼酎ののし紙に指紋がついていた」と言うんです。けれども私は配ってないから指紋なんてあるわけがないんです。「じゃあ調べてください」と言うと、浜田は返事に困り、「黙れぇー」と怒鳴って机をバァーンと叩くんです。「これはデッチ上げだ」と訴えますが、「そんな言葉を二度と使うなっ」と机を叩き、「これは罠だ」と言うと、「罠と言うなーっ」と、またパンパン机を叩くんです。
 否認を続ける私に浜田は、「ヒーローになれ」と言いました。「お前が自白すれば、Nは失職しない。お前がヒーローになれば、集落の人が涙を流して『Kさん、ありがとう』と言いにくるぞ」。さらに、白紙の紙を差し出して、「他には何も書かなくていい。○○の名前だけ書け」と言うんです。もう警察はあの手この事をつかって認めさせようとするんです。
 取調べのたび、身体検査をされました。股間のあたりも触られて、なんでここまでするんだろう。懇意にしている警察官に聞いたら、「Kさん、録音機を探してたんだよ」と言うんです。自供させるために、怒鳴りつけて恫喝(どうかつ)する「叩き割り」の取調べをやるから、その様子が外に出るのが怖かったんですね、警察は。外部と連絡とれなきゃ警察の思う壷なんです。女房からは、「もぉお父さん、やってないのを認めたら大変なことになる。志布志にもいられない。Nの家にも遊びにいけない。子供たちにも愛想をつかされる」と言われたんです。女房の励ましがあってこそ頑張れたんだと思います。
 取調べの3日目、私は浜田に、「もうあなたとは話をしません」と告げたんです。立ち上がって「弁護士の先生呼んでくださーい」と大きな声で、署にいる顔見知りの警察官たちに向かって叫んだんです。すると浜田は、「このやろー」とげんこつを握り立ち上がったんです。私も立ち上がり、「叩くなら叩け。叩く度胸がないんだろ」と言うと、浜田は気をつけをして、「さっきは暴言を吐いて申し訳ありません」といったんは謝るんです。でも30分もすると、また「黙れー」と机をパンパン叩きはじめるんです。
 私が黙秘をすると浜田は、「これ見て反省しろ」と言って足元にA4判の紙を3枚並べて出て行ったんです。紙には、「お父さんは、そういう息子に育てた覚えはない」「沖縄の孫、早くやさしいじいちゃんになってね」「義父、元警察官の娘をそういう婿にやった覚えはない」と書いてありました。
 1時間たって戻ってきた浜田は、上着を脱ぐと、座っていた私の股ぐらに頭をつっこんで、私の両足首を握ったんです。ひっくり返されるのかと思ってパイプ椅子を握り締めました。浜田は、「こいつは血も涙もねえ。親父や孫を踏みつけるやつだ」と言って私の足を持ち上げると、紙にパンパン踏みつけさせたんです。立ち会った補助官も、目を丸くして驚いていました。「警察はそこまでするのか、もう許さん」。国賠訴訟を起こしました。
  ※弁護団作成の「救援新聞2008年4月15日号」より

警察側 国賠でも、踏み字事件の刑事の刑事事件でも敗訴

その後、元被告らが弁護士との接見内容を聞き出し調書化したのは接見交通権の侵害だとして、警察を所管する県と検察を所管する国を相手に、損害賠償請求訴訟を提起したが、この訴訟も08年3月24日元被告側が勝訴した。
また踏み字をさせた浜田隆広元警部は特別公務員暴行陵虐罪で起訴され、一審の鹿児島地裁で08年3月18日懲役10月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡し、08年9月9日、控訴審福岡高裁も浜田の控訴を棄却した。

適正化指針で不適正とされる取調行為

適正化指針で不適正とされる取調行為は次のようなものである。
(ア) 被疑者の身体に接触すること(やむを得ない場合を除く。)。
(イ) 直接又は間接に有形力を行使すること。
(ウ) 殊更不安を覚えさせ、又は困惑させるような言動をすること。
(エ) 一定の動作又は姿勢をとるよう強く要求すること。
(オ) 便宜を供与し、又は供与することを申し出、若しくは約束すること。
(カ) 被疑者の尊厳を著しく害するような言動をすること。
次のときは、あらかじめ、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。
(ア) 午後10時から翌日の午前5時までの間に取調べを行おうとする場合
(イ) 休憩時間等を除き、1日当たり8時間を超えて取調べを行おうとする場合
http://www.npa.go.jp/keiji/keiki/torishirabe/tekiseika_shishin.pdf

警視庁が発表した不適正な取り調べ

 この指針が策定された結果、県警本部に監督担当者が置かれることになり、被疑者から取り調べについて苦情があった場合、監督担当者が取り調べに問題がなかったかどうかを調べることになっている。
08年12月19日、警察庁は、9月から12月にかけて、不適正な取調べが15件あったと報告した。任意での取り調べであるにも関わらず、帰ろうとした被疑者の腕を掴んで椅子に座らせた行為。男性取調官が女性被疑者を取り調べるのに、向かい合わせで膝を突き合わせるように座り、顔と顔が60センチほどの密着した距離で取り調べをしたという、セクハラ行為もあった。もっとも、まだ一部の署でしか実施されておらず、警察庁は09年1月中には全警察署で実施するよう指導するとしている。
 15件というのは控えめな数字ではなかろうか。