変死体について解剖の機会を増やそう

司法解剖の結果 きちんと教えてほしいと遺族

 東大法医学教室は08年2月から11月にかけて、全国で司法解剖の対象となった人の遺族に調査票を送付、126人が回答した。解剖前の説明で「十分納得・理解できた」人は18.7%で、約7割は「よく分からない」「納得いかない」ままだった。
 解剖後、死因の説明は「警察官から」が最多の65.2%で、解剖した執刀医からは13.0%。8割以上の人が「執刀医から説明を受けたい」と考えていた。詳細な解剖結果は約6割がその後も知らされておらず、解剖を行ったことで怒りや悲しみが強くなった人は41.9%、和らいだ人は10.3%だった。
 同教室は、司法解剖の意義や流れを説明するパンフレットを作成。希望する遺族には、捜査に差し支えない範囲で解剖した医師が結果を説明する方針を決めた。
時事通信社goo news 08年12月6日(土)16:30)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-081206X734.html?C=S

開示されない理由

犯罪の証拠はその後の刑事裁判で明らかにすべきもので、その前の捜査段階では公表されないことになっている。しかし刑事裁判にならなかった場合、最後まで明らかにならないし、裁判前でも遺族としては一刻も早く死因を知りたいという切実な希望がある。それが満たされないというのは制度としておかしい。
まして警察官からしか教えてもらえないというのも、遺族としては不満の残るところだろう。細かい質問をしても、逃げられてしまい、結局教えてもらうだけの意味がない。
こうなっているのは、警察としては、医師から今後も協力を得る必要があるため、医師になるべく負担をかけまいとしているからだろう。また、警察の司法解剖のための予算が不足し、解剖したことの報酬が7万円でしかなく、病院としては司法解剖を受けると赤字になってしまうため、受け手がいない。このため、遺族への説明の負担をかけられないという理由もあるだろう。
警察庁が、この東大法医学教室と警視庁の今後の取り組みを生かし、全国に広げていったほしいと思う。

解剖される死体、されない死体

変死体=異状死体が発見されると、最初に警察が検視して、犯罪性があれば司法解剖に回し、犯罪性がなければ、一部が行政解剖に回るが、ほとんどが解剖されないまま終わっている。

警察の中で誰が解剖するかどうかを決めるのか

変死体の検視は本来検察官の仕事なのだが、通常は検視官が検察官を代行して行っている(刑事訴訟法第229条)。検視官は、10年以上の刑事経験を積み、法医学の専門教育を受けた警察官が任命されてなる。
07年に全国の警察が扱った死体は15万4579体だが、検視官が現場に赴いたのは11・9%。残りの9割弱は現場の警察官や、立ち会いの医師が表面上の状況から、経験などから、事件性の有無を判断する。実際に事件性ありと判断されて司法解剖されたのは3・8%に過ぎない。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081117dde041040027000c.html

検視に頼ること自体が問題

検視官は数量が圧倒的に不足している。この件が問題視されるきっかけになったのが、07年6月に起きた大相撲時津風部屋の斉藤俊さんの死亡事件だ。斉藤さんの遺体を解剖した新潟大学大学院の出羽厚二准教授は、「無数の外傷がある遺体を解剖せずに病死と判断したのはおかしい」と愛知県警の検視のミスを指摘した(yomiuri online 2007年10月15日13時33分 )。
警察庁は08年11月、09年度から全国160人の検視官を10人増員し、検視官を補助する警察官も168人から340人に倍増することを決めた(毎日新聞 2008年11月17日 東京夕刊)。
しかし、そもそも検視という制度に問題がある。変死体に事件性があるかどうかを表面上の状況から判断すること自体無理なのだ。実際には解剖してみなければ分からないにもかかわらず、法医学専門医が圧倒的に不足しているため、警察や臨床医の判断で解剖すべき死体としなくていい死体とに分けてしまっている。本来変死体は全て解剖すべきで、解剖しなくていい死体などというものは本来ありえないのである。

行政解剖の限界

警察が事件性がないと判断した変死体には、行政解剖か同意解剖しか残されていない。しかし行政解剖はすべての都道府県で行われているわけではない。
死体解剖保存法第8条は、政令都市の長、都道府県知事は、死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、又は検案によっても死因の判明しない場合には解剖させることができる、としており、これが行政解剖の根拠法文になっている。
しかし法文には「監察医を置き、、、解剖させることができる」とあり、逆に監察医を置かないこともできるである。そして行政解剖を行っているのは、東京23区、大阪市、神戸市、横浜市名古屋市でしかない。その他の自治体では多くの死因不明の死体が解剖されることなく終わっているのである。

承諾医制度でがんばる奈良県医師会

 解剖には司法解剖行政解剖のほかに同意解剖がある。奈良県医師会は、遺体の死因究明のために遺族の求めに応じて解剖をする「承諾解剖制度」を設け、運用を始めた。同医師会によると、県警に異状死として昨年届け出があったのは、1584遺体。このうち、犯罪の関与が疑われ司法解剖されたのは138遺体のみだった。奈良県には監察医制度がなく、県医師会は4年前から遺族らの要望に応える独自の承諾解剖制度の創設を検討していたという。制度は県医師会の他、県立医大、県警、県による管理委員会が運営し、解剖医による承諾解剖と、コンピューター断層撮影(CT)検査の二つを行うという。承諾解剖は年間2例まで上限10万円、CT検査は年間20例まで上限1万円を医師会が補助する。解剖は県立医大法医学教室が担当し、CT検査は4県立病院で実施する。
(毎日JP 2008年12月9日(火)18:00)
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/region/20081209ddlk29040679000c.html?C=S

医療過誤のための解剖

病院で死亡した人の場合、警察が検視することはなく、その県に監察医制度がないと、結局医療過誤があっても見過ごされてしまうことになる。
その場合問題になるのが医師法21条だ。同条は「医師は,死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している。しかし,この届け出るべき「異状死」とは何かについては,争いがある。日本法医学会は病院で死亡したとしても、異状死であれば同条により解剖しなければならないと解している。同会は04年5月に,「異状死ガイドライン」を作成し、入院中の死亡であっても異状死と判断するかどうかの判断基準も決めている。
http://plaza.umin.ac.jp/legalmed/guideline.html
しかし他の医師会はこのガイドラインに猛反発した。このガイドラインを適用したら、かなり多くの部分が異状死にさせられ、委縮医療となるという意見だった。
ただ、患者側が医師側から十分な説明を受けていないからこそ、こじれて訴訟になるということもある。治療した医師以外の医師が医学的所見を示し、医療過誤でないということを遺族に示すことで、訴訟を未然に防ぐことにもなるのではなかろうか。

解剖したと嘘をついて解剖しない例も

ある交通事故をめぐる裁判で、交通事故により死亡した被害者が解剖されたか、解剖されなかったかが争点になった。警察も、解剖したという医師も、解剖したと言い張るのだが、遺族は遺体が警察が返ってきたとき、遺体には全く縫合した跡がなかったというのである。その裁判で医師も自分は解剖したと主張。そのため遺族側から死体の一部を提出するように言われ、提出。しかし医師が提出した死体の一部のDNAが被害者のそれと一致しなかったのである。この遺族は、その医師に100体の検案を依頼した元警察官から次のようなことを教えられたという。
「少なくとも私がB先生のところに運んだ死体で、解剖までいったケースは一度もありませんでした。ほとんど死体を見ないこともありましたね。先輩警察官は『死因や死亡推定時刻をこちらの言うとおりに書いてくれるので便利なんだ』とよく話していました。留置場の中で死人が出たときなどは、後が厄介ですから、実際の死亡時刻をずらしてもらうわけです。今回のケースはおそらく氷山の一角だと思います。」
http://www.mika-y.com/journal/journal4.html
なおこの遺族は、この警察のいい加減な対応で、大変な損害を受けたのである。このいい加減な鑑定医がの死体検案書に「心筋梗塞」と書いてしまったために、自動車保険の適用が受けられず、保険金も払ってもらえなくなってしまったのである。

少なすぎる法医学専門医

世界保健機関(WHO)の98年の調べによると、死者のうち解剖されたのが、訪米諸国が20〜30%に達するが、日本では3.9%にとどまっている。ある法医学者は次のように言っているという。
「留置場の中で死亡した人を解剖しない国は、おそらく先進国では日本だけでしょう。たとえば、フィンランドは人口5百万人に対して法医学専攻の医師が約30人。解剖の基本ノルマは1人年間350体です。法医学者には秘書や検査技師がつき、さまざまな環境が整っているため、このような数の解剖ができるのです。」
 日本は人口1億2千万人に対し、法医学専攻の医師は150人にすぎない。変死体の数は増える一方なのに、解剖は量的に頭打ちの状態になり、チェック機能もあいまいだ。これには当然、解剖費用の負担の問題も大きく影響している。日本では、司法解剖は国が、行政解剖都道府県がそれぞれ負担する。警察法施行令には、国が司法解剖の検案・解剖の委託費と謝金を払うと書いてある。ところが、現在、司法解剖に支払われる金は一体につき7万円で、検査費としての公式な委託費は出ていないという。これでは医師に赤字を強いることになる。こうした現実が解剖による死因確定が日本できちんと形成できなかった大きな要因といえるのだ。
http://www.mika-y.com/journal/journal4.html
監察医制度もしくはこれに代わる制度、そして積極的な予算措置が望まれる。