ダンダリン レシピは特許になるか(ネタばれ有)

ダンダリン第5話

 ダンダリンの第5話。洋菓子店に勤務するカリスマ・パティシエが独立しようとしたが退職願を受け取って貰えない。ダンダリンに教えられ退職届を提出。すると、オーナーから「退職後は同じ仕事につかない約束をしていたのだから、もし同じ仕事についたら5000万円の損害賠償をする。」と言われる。同洋菓子店はそのパティシエにしか作れないあるお菓子が看板商品だからだ。それにビビったパティシエが退職届を撤回してしまう。義憤に駆られるダンダリンはパティシエが独自の調理法を使ってその看板商品を作っていることから、その調理法について特許申請し、オーナーに対抗する。
この作品には、3つの法律上の論点があるので紹介したい。

退職届と退職願の違い

労働者はその意思でいつでも会社を退職することができる。だから「退職を願い出る」必要はなく、「退職を届け出れ」ば、会社は引きとめることができない。どうしても辞めたければ、退職願ではなく、退職届を出せばいいということになる。

競業避止義務

会社がいまやっている仕事と同じ仕事を会社を離れて行ってはならない、というルールを難しい言葉でいえば「競業避止義務」となる。労働者は雇用されている間は、就業規則で副業を禁止されているから、競業行為も当然できない。しかし退職後に競業避止義務を課することは、憲法上の職業選択の自由に抵触し、公序良俗違反(民法90条)になるおそれがある。そのため、就業規則で退職後の競業避止義務を定めたからと言って、その規定が当然に有効になるわけではない。
退職後に競業行為を行ったことを理由に、退職金を減額、既払い退職金の返還を求めたり、損害賠償請求、競業行為の差止を求めて裁判した場合、裁判所は次の点を総合的に判断して、かかる競業避止が許されるかどうかを判断することになる。
ア 使用者の正当な利益の保護を目的としているか
イ 労働者の退職前の地位はどうであったか
ウ 競業が禁止される業務、期間、地域の範囲
エ 使用者による代償措置の有無
本件ではどうか。オーナーはパティシエに技術を教え込んだが、その技術と言うのは普遍的なものであり、そのオーナー独自のノウハウと呼ぶべきものではない。オーナーが当該パティシエにパリ留学を許したというが、仮に費用を一部負担した場合でも、留学後かなりの年月が経過しており、その後当該パティシエがその経済的援助に見合うだけの成果を上げたのであれば、その分は相殺されているといえる(一般論として、オーナーは留学後何年以内に退職したら留学援助金を会社に償還するよう約束しておくことが必要)。しかも、その技術はパティシエ自身の努力があってのことであり、それはパティシエ個人の財産である。以上は上記アの点についてである。
パティシエは特に経営に参与する立場でも、管理監督者的な立場でもなく、ただの従業員的立場である。技能者的地位にあるが、その技能も、本人の努力に帰する部分が大きい。
競業が禁止される期間、地域の定めがないとすれば、オーナーの正当な利益を保護するについて必要以上の制約を課すこととなる。
給料が、相場を超える高額なものであったり、相場を超える多額の退職金があったりしないと、代償措置があるとは言えない。
こういった点を総合考慮すれば、競業避止義務違反を主張しても裁判には勝てないだろうし、仮に勝てたとしても損害金5000万円と言うのはめちゃくちゃで、大幅に減額されるはずだ。
ただし民法627条により、月給制の場合、翌月以降でないと退職できず、しかも当月の前半に退職を申し入れるを要し、しかも退職の効力が発生するのは2週間後となる。だから、その間に、そのパティシエが辞めたら、業務に著しい支障を生じ、パティシエもその事実を知っていたということであれば、その分の損害賠償は認められる可能性がある。

レシピは特許になるか

この問題が一番難しい。工業的生産方法によるものであればともかく、単なるレシピが特許になっている例はきわめて少ないはずだ(あるのかどうかも疑問)。その物だけでなく「物を生産する方法」も特許の対象になるので、レシピも一見特許の対象となりそうに見える。私は特許の専門家ではないので、これについては特許の専門家弁理士に任せたい(下のサイトを見てほしい)。要するに「ただ美味であるというだけでは、それは主観的事実にすぎないから特許にならない」「独特の歯触りを作りだした」「焦げ目をつけずに焼ける」「効率よく作ることができる」とか「客観的な顕著な効果」認められなければならない。
特許を取るためには、どういう工程を経るかを具体的に書くことで発明を特定する必要があり、「卵をむらなくかき混ぜる手技」などというものがあっても、それは特許の対象になりえないだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/hikali/diary/200608210000/
ところでレシピが著作権の対象となるかという議論もある。平成23年4月27日付東京地裁判決(平成22年(ワ)第35800号)が参考になる。米国でもレシピはアイデアに過ぎず著作権の対象となる著作物ではないとした裁判例があるようだ。
http://www.uspatent.keisenassociates.com/cat36/publications_international_meredith_corp.html