平成20年7月10日最高裁判決への処方箋

平成21年7月10日に、借り手に不利な最高裁判決が出た(業者はシティーズ)。ただこの判決の意味を説明するのに、過払金に関するこれまでの最高裁判例をざっとおさらいしておこう。

7月10日判決が出る前の世界

 貸金業法43条1項は、業者が利息制限法上の金利を超える超過利息をとっていたとしても、業者が法律の要件に従った契約書・領収証を、貸付、返済後ただちに渡しており、かつ、借り手が超過利息を任意に支払っていれば、過払金を支払わなくていい旨定めていた。このように法43条により利息制限法が適用されずに済む弁済は「みなし弁済」と呼ばれている。このため、かつては、どの過払金請求訴訟でも、みなし弁済が成立するか否かが最大の論点となっていた。契約書、領収証がきちんと渡されていたか、契約書や領収証が法律の定める要件を満たしていたか否かが、こと細かに論じられていたのである。契約書の要件を定めていたのが貸金業法17条、領収証の要件を定めていたのが法18条。そのため、よく17条書面、18条書面という呼び方をしてきた。
 こうした細かい論争を全く無意味なものにしたのが、かの最高裁第2小法廷平成18年1月13日判決である。いくら契約書、領収証をちゃんと作って、ちゃんと渡していても、借入金について、期限の利益喪失約款(一度でも支払が遅れたら残金を一括で支払えという特約)がついている以上、借り手は一括請求を恐れて超過利息を払わざるを得ない。この平成18年判決は「みんな一括請求を恐れて、いやいや払っているんだから、任意に支払っているとは到底言えない。だから、期限の利益喪失約款が契約内に含まれていれば、みなし弁済は成立しない」とした。貸金の契約には、ほぼ間違いなく期限の利益喪失約款は入っているから、みなし弁済が認められるようなケースはほとんどなくなり、請求すれば過払が認められる時代になったのである。
 最高裁第2小法廷は、さらに平成19年7月13日にも、素晴らしい判決をプレゼントしてくれた。「貸金業者が、利息制限法の上限金利を超える金利で貸し付けている場合、みなし任意弁済の適用がないときは、特段の事情がない限り、悪意と推定される」という判決を出してくれたのだ。借り手としては、過払金が発生していることさえ立証すれば、貸し手は金融のプロなのだから、「悪意の受益者=過払金と知ってそれを受け取った者」として、「特段の事由」ない限り、過払金を受け取って日から利息を払わなければならないとしたのである。
 このため過払金を請求する側は、「契約に期限の利益喪失約款が入っていて、引直し計算をして残高がマイナスにさえなれば、過払金を請求できるし、利息も請求できる」こととなったのである。

7月10日判決とは

 7月10日判決とは一言でいえば「契約に期限の利益喪失約款が入っていて、引直し計算をして残高がマイナスにさえなれば、過払金は請求できるけど、利息までは当然に請求できない。」という判決だ。というのも、平成18年1月13日の判例理論は、それだけ画期的なもので、まさかこんなグレートな判決が出るとは、多くの弁護士さえ思っていなかった。そのため、この裁判で、貸金業者は次のように主張した。
 「あの平成18年判決が出るまでは、ちゃんと法律の要件に従って契約書・領収証を渡してさえいれば、借りてる方は超過利息を任意に支払ったんだろうって、みなし弁済が認められてたじゃない。」「平成18年判決みたいな判決は、地裁とか高裁とかでぽつぽつあったけど、そんな注目されてなかったでしょう」「あの判決が出るまでは、貸す側も借りる側も、この契約書は17条書面と言えるか、この領収証は18条書面と言えるか、ってそのことだけで散々争ってきたんじゃない」「俺の会社はちゃんとした契約書も、領収証も渡しているんだからさ、みなし弁済が認められるだろうと信じてたんだよ。当時としてはそれが常識だったじゃないよ。だったら悪意の受益者だなんて言えないじゃない」
 そしてこの主張が最高裁でもそのまま認められたのである。

7月10日判決は恐くない

 基本契約に基づいて、借入、返済を繰り返している場合は、7月10日判決を恐れることはない。平成17年12月15日最高裁第1小法廷判決を援用すれば、業者の貸付契約書は17条書面に当たらないということができるのだ。というのは、貸付契約書には、法17条1項6号に掲げる「返済期間及び返済回数」や施行規則13条1項1号チに掲げる各回の「返済金額」を記載しなければならないことになっているからだ。確かに、基本契約のもと、貸付限度額内であれば何度も自由に借り入れることができ、貸付残金に応じて一定額を払えばいいというリボルビング方式をとる場合、具体的な「返済期間及び返済回数」「返済金額」は契約時点では未定なのであるから、それを確定的な形で書けと言われても不可能である。しかし「個々の貸付けの時点での残元利金について,最低返済額及び経過利息を毎月15日の返済期日に返済する場合の返済期間,返済金額等を17条書面に記載することは可能であるから,上告人は,これを確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずるものとして,17条書面として交付する書面に記載すべき義務があったというべきである。」。こうした工夫をしていない契約書面は17条書面とは言えないとしたのである。だとすると、ほとんどの業者の貸付書面はこうした要件を満たしていない。
 ただ、エイワ、シティーズのように、証書貸付を繰り返すところは、この理屈が通らない。だから、17条書面、18条書面をちゃんと出しているのか、立証させるしかない。10年くらい取引していると、200回以上返済しているケースはざらにある。本当にそれを揃えられるのかということを問うのだ。ただエイワ、シティーズの場合結構しっかり持っている。
 エイワのような店頭貸付、店頭返済が当たり前のところでは、このような主張は無理だが、振込払いで、あとから領収証を送ってくるようなところは、結構2週間遅れとかで送ってくるところが多い。このような業者には、18条書面を、返済受領後「ただちに」渡していないことを理由にみなし弁済を否定することが可能である。
 振込払いをした場合、領収証、受取書を送ってこないところがある。この場合は当然みなし弁済が成立しない。業者は、本人が希望して計算書・受領証を業者から受け取らなかったと主張するかもしれないが、本人の希望云々は関係ない。本人が希望しなかったとしても、かかる計算書、受領証がなければ、自分がどれだけ利息を払ったのかも分からないため、任意に利息を払ったとは言えないであろう。さらには、利息制限法は強行法規なのであるから、当事者の意思いかんで適用を排除されるような解釈は許されない。業者は「18条2項によれば、銀行振込で支払われた場合、18条書面は交付しなくていいとされている」と主張するだろうが、このことは平成11年1月21日最高裁判所第一小法廷判決(判例時報1667号68頁、判例タイムズ995号71頁、金融法務事情1544号62頁)が次のように、言ってくれている。

  • 貸金業者との間の金銭消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払った金銭の額が、利息制限法一条一項に定める制限額を超える場合において、右超過部分の支払が貸金業の規制等に関する法律四三条一項によって有効な利息の債務の弁済とみなされるためには、右の支払が貸金業者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってされたときであっても、特段の事情のない限り、貸金業者は、右の払込みを受けたことを確認した都度、直ちに、同法一八条一項に規定する書面(以下「受取証書」という。)を債務者に交付しなければならないと解するのが相当である。けだし、同法四三条一項二号は、受取証書の交付について何らの除外事由を設けておらず、また、債務者は、受取証書の交付を受けることによって、払い込んだ金銭の利息、元本等への充当関係を初めて具体的に把握することができるからである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
7月10日判決の原文を一部抜粋する。

3  原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断した上,原判決別紙のとおり,制限超過部分が貸付金の元本に充当されることにより発生した過払金及びこれに対する法定利息がその後の貸付けに係る借入金債務に充当され,その結果,最終の弁済日である平成16年11月1日の時点で,過払金51万4749円及び法定利息1万3037円が存するとして,以上の合計52万7786円及び上記過払金51万4749円に対する同月2日から支払済みまでの法定利息の支払を求める限度で,被上告人の上告人に対する不当利得返還請求を認容した。
(1)  最高裁平成16年(受)第1518号同18年1月13日第二小法廷判決・民集60巻1号1頁(以下「平成18年判決」という。)は,債務者が利息制限法1条1項所定の制限を超える約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の特約(以下「期限の利益喪失特約」という。)の下で制限超過部分を支払った場合,その支払は原則として貸金業法43条1項(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできない旨判示している。また,最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁(以下「平成19年判決」という。)は,貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情(以下「平成19年判決の判示する特段の事情」という。)があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される旨判示している。
(2)ア 本件各弁済は,期限の利益喪失特約である本件特約の下でされたものであって,平成18年判決によれば,いずれも貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできないから,同項の規定の適用要件を欠き,制限超過部分の支払は有効な利息債務の弁済とはみなされない。
イ そして,平成18年判決は,それまで下級審において判断が分かれていた期限の利益喪失特約の下での制限超過部分の支払の任意性について最高裁判所として示した初めての判断であって,その言渡し以前において,上記支払が任意性を欠くものではないとの解釈が最高裁判所判例により裏付けられていたわけではないから,上告人が本件特約の下で本件各弁済に係る制限超過部分の支払を受領したことについて,平成19年判決の判示する特段の事情があるということはできず,上告人は過払金の取得について民法704条の「悪意の受益者」であると認められる。
4  しかしながら,原審の上記3(2)のアの判断は是認することができるが,同イの判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)  平成18年判決及び平成19年判決の内容は原審の判示するとおりであるが,平成18年判決が言い渡されるまでは,平成18年判決が示した期限の利益喪失特約の下での制限超過部分の支払(以下「期限の利益喪失特約下の支払」という。)は原則として貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできないとの見解を採用した最高裁判所判例はなく,下級審の裁判例や学説においては,このような見解を採用するものは少数であり,大多数が,期限の利益喪失特約下の支払というだけではその支払の任意性を否定することはできないとの見解に立って,同項の規定の適用要件の解釈を行っていたことは,公知の事実である。平成18年判決と同旨の判断を示した最高裁平成16年(受)第424号同18年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事219号243頁においても,上記大多数の見解と同旨の個別意見が付されている。
そうすると,上記事情の下では,平成18年判決が言い渡されるまでは,貸金業者において,期限の利益喪失特約下の支払であることから直ちに同項の適用が否定されるものではないとの認識を有していたとしてもやむを得ないというべきであり,貸金業者が上記認識を有していたことについては,平成19年判決の判示する特段の事情があると認めるのが相当である。したがって,平成18年判決の言渡し日以前の期限の利益喪失特約下の支払については,これを受領したことのみを理由として当該貸金業者を悪意の受益者であると推定することはできない。
(2)  これを本件についてみると,平成18年判決の言渡し日以前の被上告人の制限超過部分の支払については,期限の利益喪失特約下の支払であるため,支払の任意性の点で貸金業法43条1項の適用要件を欠き,有効な利息債務の弁済とはみなされないことになるが,上告人がこれを受領しても,期限の利益喪失特約下の支払の受領というだけでは悪意の受益者とは認められないのであるから,制限超過部分の支払について,それ以外の同項の適用要件の充足の有無,充足しない適用要件がある場合は,その適用要件との関係で上告人が悪意の受益者であると推定されるか否か等について検討しなければ,上告人が悪意の受益者であるか否かの判断ができないものというべきである。しかるに,原審は,上記のような検討をすることなく,期限の利益喪失特約下の支払の受領というだけで平成18年判決の言渡し日以前の被上告人の支払について上告人を悪意の受益者と認めたものであるから,原審のこの判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。