取引に分断ある場合の過払金請求訴訟における証明責任の分配

証明責任とは

 ちょっと前置きを書かせてほしい。民事訴訟には証明責任という概念がある。例えば、AとBが裁判で争ったとする。ある事実が証明されないと(=裁判所が70〜80%の心証が持てないと)、それがAの不利になる場合、その事実はAに証明責任があると言う。
 AがBに貸金を返せと訴訟を起こした場合を例にとろう。この場合、Aがお金を貸したこと証明すべきなのか、Bがお金を借りていないことを証明すべきなのか。前者とした場合Aに、後者とした場合Bに証明責任がある。この場合の答えは前者だ。お金を貸した事実(金銭消費貸借契約締結の事実)が証明できないと、AはBにお金を貸していたとしても、裁判では勝てない。
 次にBはAから金を借りたことはあるが、借りた金はもう返した、と主張したとする。Bが返済した事実を証明すべきなのか、Aが返済していない事実を証明すべきなのか。答えは前者。Aが返済の事実を証明する責任がある。だからお金を返すとき、銀行振り込みにするか、領収証を貰う等して、自分がお金を返したという証拠を残しておかなければならない。
 もっともこれは一般論。消費者金融の場合、ほとんどの業者が取引履歴の開示を請求すれば開示してくる。

さて過払金返還請求訴訟では

 さて本題です。過払い金請求訴訟で、取引に分断ある場合、証明責任は次のように分配されるのだと思います。

  1. 「貸付限度額の範囲内で自由に借り入れができ、リボ払い方式を定める、消費貸借基本契約を締結した」ことの証明責任は、原告(借主)が負う ⇒ 基本契約の存在は請求原因事実
  2. 完済後の再借入の際、「新たに契約書を作った」事実は被告(貸主)が証明責任を負う。 ⇒ 契約書作成は抗弁事実
  3. 特段の事情、すなわち「完済前ある程度の期間取引があり、完済後再借入するまでの期間が短い」「借主が、完済後もカードを所持していた」「旧取引と新取引の間で利率が違わない」「第2取引は被告の側の勧誘が原因」等の事実は原告(借主)が証明責任を負う。 ⇒ 特段の事由は再抗弁事実

 要するに原告が勝訴するには、まず1を立証する必要があり、1を立証できても業者に2を立証されると、さらに3についても立証する必要が出てくる。

現実の交渉場面

 1の事実は、たいていの場合、貸主も認めざるを得ない。だからこの立証はほとんどの過払い事案では問題にならない。だから勝敗を決めるは2と3だ。借主としては、2の事実があるかどうか=再借入時契約書を書き直したかを、結構覚えていないことが多い。訴訟すれば、業者も立証せざるを得ないが、任意で交渉している段階では、契約書の書き直しがあったかどうかを絶対教えない業者もなくはなく、契約を書き換えた旨主張されても、証拠は示してもらえない。この場合白黒をつけるとなると、訴訟をしないと決着がつかない。 
 ただ、旧基本契約を解約し、新基本契約を締結した場合、取引の分断を生じるかというと、二通り考える必要があるだろう。完済後も旧契約が継続しており、新規借入の際、新契約条件で契約を書き換えた場合、これは契約条件の変更にすぎず、基本契約は一つであると言えるのではないか。
 したがって、相手方から分断を主張された場合、「では解約はいつか、その証拠は」と問うことで個別計算を否定できる例が多いのではなかろうか。

訴訟の実際

 訴訟をして思うのは、東京地裁の裁判官の多くが、単純に「1年以上は分断、以下は一連」と考えていることだ。なかには、業者に対して、取引を再開したときの基本契約書を出せと言ってくれる裁判官もいるが、そんなことは何も言わず、基本契約が出ていないにもかかわらず、単に1年経っているからという理由で分断で判決を欠く裁判官が実に多い。うちは武富士は全件提訴でやっているが、武富士は基本契約を出してきたり、出してこなかったりするのだが、出してこない案件でも、結構分断の判決を取られているのが実際だ。